第8話 交錯する現在と過去

 翌日。


 俺とセレスティアは、アパートの食卓で朝食をとっていた。


「カイ、今日の依頼だが、北の鉱山に出るという『ロックリザード』の討伐はどうだ? 皮が上質な武具の素材になるらしい」

「……あんた、この間新しい鎧を買ったばかりだろう」

「備えあれば憂いなしだ。それに、お前の分の防具も新調したい」

「俺は後衛だから必要ない」


 そんな、いつも通りのぶっきらぼうな会話を交わす。


 セレスティアが作る朝食は、相変わらず量が多すぎる。だが、俺のために毎朝早起きして準備していることを知ってから、文句を言うのはやめた。


 この一ヶ月で、俺たちの関係は少しずつ変わってきていた。


 互いを能力で縛る「契約」関係というよりは、背中を預け合える「相棒」。そして、共に食卓を囲む「家族」のようなものに。


 この穏やかな日常が、いつまでも続けばいい。そんなことさえ、思うようになっていた。


「よし、行くか」


 準備を済ませ、二人で冒険者ギルドへ向かう。


 扉を開けると、いつもの喧騒が俺たちを迎えるはずだった。


 だが、その日のギルドは、不気味なほど静まり返っていた。全ての冒険者が、入り口に立つ俺たちと、ギルドの奥に立つ三人の男女を、固唾を飲んで見守っている。


 その三人の姿を認めた瞬間、俺の心臓が嫌な音を立てて跳ねた。


 勇者、アレク。

 女戦士、リナ。

 魔法使い、マヤ。


 一年間、俺を蔑み続け、そして最後には容赦なく切り捨てた、かつての仲間たちだった。


「……カイ」


 隣で、セレスティアが俺の異変を察知し、鋭く低い声で呟く。


 静寂を破ったのは、アレクだった。


 彼は驚愕と嫉妬が入り混じった表情で俺を睨みつけると、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。そして、まるで旧友に再会したかのような、馴れ馴れしい口調で言った。


「カイ、探したぞ。こんな所にいたのか」


 俺は何も答えない。答える気にもなれなかった。


 アレクは、俺の沈黙を肯定とでも受け取ったのか、傲慢な笑みを浮かべて続ける。


「まあ、お前も一人になって反省しただろう。特別に許してやる。俺たちのパーティーに戻ってこい」


 その、あまりに見下しきった言葉に、俺の隣で静かな怒気が膨れ上がるのを感じた。


 俺が口を開くより先に、セレスティアが一歩前に出た。


「――私のカイに、気安く話しかけるな」


 地を這うような低い声。その場の空気が、彼女が放つ殺気で凍りつく。


 アレクは、そこで初めて俺の隣に立つ『不死身の剣姫』の存在を意識し、その威圧感に一瞬たじろいだ。


「なんだ、お前は……」

「貴様らが、カイのかつての……暁の剣か。噂通りの、質の悪い連中だな」


 セレスティアはアレクなど眼中にないとばかりに、俺に向き直って言い放った。


「カイ、こいつらはお前をゴミのように捨てた連中だろう。斬り捨てていいか?」

「……やめろ、セレスティア。汚れる」


 俺の静かな制止に、彼女は少し不満そうにしながらも、魔剣の柄から手を離した。


 そのやり取りを見て、自分たちが完全に無視されていると悟ったアレクは、顔を真っ赤にして怒鳴った。


「カイ! 貴様、その女に誑かされているのか! 目を覚ませ!」


 アレクは、なおも身勝手な言葉を並べ立てる。


「いいか、俺たちはお前のためを思って、一度パーティーから外してやったんだ! あのままでは、お前は成長できないからな!」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の中で燻っていた最後の未練が、完全に消え失せた。


 俺は、セレスティアの前にゆっくりと歩み出ると、かつての仲間たちと真っ直ぐに向き合った。


 そして、静かに、しかしはっきりと告げた。


「あんたたちの言い訳は、もう聞き飽きた」


 俺の言葉に、三人が息を呑む。


「俺は、あんたたちに追放されたあの日、一度死んだんだ。……だけど、彼女が俺を見つけてくれた。俺に、新しい居場所をくれた」


 俺は、隣に立つセレスティアの横顔を見つめる。彼女もまた、静かに俺を見守っていた。


「だから、もう一度だけ言う。俺の居場所は、ここだ。あんたたちの元へ戻る気は、微塵もない」


 それは、俺が初めて自分の意志で掴み取った、過去との決別の言葉だった。


「……なっ……!」


 俺の明確な拒絶に、アレクのプライドはズタズタに引き裂かれたようだった。


 彼は怒りに顔を歪め、わなわなと震えながら、ついに腰の剣に手をかけた。


「この……俺の誘いを断るというのかッ! この裏切り者がァ!」


 一触即発の、張り詰めた空気がギルドを支配する。


 アレクが剣を抜き放とうとした、その瞬間。


 鞘からわずかに抜き身を見せたセレスティアの魔剣が、アレクの喉元、寸分の位置でぴたりと止まっていた。


「――それ以上、彼に近づけば、斬る」


 それは、一切の感情を排した、絶対零度の宣告だった。

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