第2話軍属メイド
秋の気配を運んでくる涼風が、中天の日差しを受けたカーテンを
くたびれた黒いリボンはその役目を負え、箱の中で眠っている。鼻先に触れる
「どうか、見守っていてくれ……」
私の事を。感傷に
あれから五年。
その手には花ではなく、剣を。命を
ドアに響くノックが思考を中断させる。
「テテュスさま」
入室してきたのは、年端もいかぬ
「洗濯物、お持ちいたしました」
「ご苦労、ノーラ」
名前を呼ばれた少女は返事もそこそこに、動き出したその肩が不自然に傾く。
慌てて駆け寄ろうとしても、もう遅い。
「大丈夫か?」
主人に声を掛けられた少女は、声も出せずに
「も、もうしわけ――」
「いい。それより、ケガはないか?」
謝罪の言葉を
過失に対する
テテュスは背中に手を回すと、ミモザの香りがふわり。肩の震えが次第に止まっていく。
『怒らないん、ですか……?』
以前、
(この子は一体、どれだけの恐怖を……)
味わって来たのだろう。腕の中で
「大丈夫だ。いい子だから」
柔らかい声音で少女に
もし彼女が今の自分の立場なら、間違いなくそうしただろうから。
それから二人で散らかった洗濯物を拾い、
「申し訳ございませんでした……」
「廊下で転んだりとかは?」
首を横に振る。
「頑張ったな」
目線を合わせ、また
「…………えへへ♪」
「テテュスさまも、嬉しそうで何よりです♪」
「は? ――――なっ⁉」
紅潮し
「ぁ、ぅ……」
今度はノーラが
「それじゃあ、ゴハンでも食べに行こうか?」
「はぁい……」
再び頭をヨシヨシしてやると、ノーラはふてくされたように顔を逸らした。
「
「もうっ テテュスさまのイジワル!」
プリプリと怒る姿も愛らしい。過ぎた冗談だと謝罪してから、二人は微笑を
「今日の献立は何でしょうね?」
食堂での道すがら。専属メイドは嬉々として弾む声を響かせ、雇い主の顔を楽しげに覗き込む。
解雇されていく当てのない彼女を、軍の登用制度を使い専属メイドとして雇ってもう半年。
かつて、私が彼女を助けたつもりだった。
――――けれど今は。彼女のために強く
メイドの少女はにんまりと目を細める。そこで気付いた。彼女に
「……あまり、
テテュスは口元に力を入れ、わざとらしく
「はーい♪」
笑顔を咲かせるノーラ。意に介さないのも当然だ。赤らめた顔には
(まあ、まだ成人前だからな……)
未熟なのは当たり前だし、厳しい
そんな大変な境遇を感じさせず、
彼女に
ここは魔族との国境から程近いラクリマ基地。数百年前に建てられ、近代化改修した
ノーラの、どこか背伸びした歩調に合わせ食堂へ向かう。廊下は静かで、すれ違う兵士もわずかだ。
「あ――」
小さく声を漏らすと、少女は向かって来る別のメイドから視線を逸らしてその場で顔を伏せる。他方、隣を通り過ぎるメイドはテテュスに無言で一礼した後、幼い侍女を無視して去っていく。
二人のメイドは同じ軍属だが、ノーラはテテュスが軍属補助人員登用制度を使って個人的に雇用しているので、少し毛色が違う。
この国では魔族に対する偏見や差別はほとんど存在しない、とされている。
往来の兵士たちも彼女の外見を気にした素振りがなかったことからも、それは厳然とした事実であることが窺える。だから、ノーラが魔族であることは関係ない
いまだ仲間として認められてない少女の孤独に思いを
自分は彼女に、自己満足を押し付けているだけなのではないか。罪悪感が胸にわだかまる。
それでも、ここで彼女を解雇するつもりはない。テテュスのスカートを摘まむ手のこわばりを解きほぐすように、指先を手で包み込む。驚いて顔を上げる少女に柔らかく微笑む。
「お腹が減ると、よくない考えばかりが浮かぶものだ」
自分に言い聞かせるように。優しく見つめると暗く沈んが
小さく
昼食を
ノーラがフォークで一口。しっとりとした肉の繊維に舌をとろけさせ、思わず
「ん〜……おいしい♪」
輝く満面の笑みに、テテュスの口元が
主従だからといって、食事内容を変えることはしない。育ち
味を引き立てる
舌の上で暴れる
ノーラは軍属だがあくまでテテュスが雇用しているため、食事の手配はテテュスの仕事。もちろん、彼女の食事代は給料から天引きされる仕組みになっている。衛生環境保全のために支給される生理用品も同じだ。
「「ごちそうさまでした」」
「おいしかったぁ~♪」
椅子にもたれてへにゃりと笑うノーラその顔には、無防備な幸福感がにじんでいた。可愛い。咄嗟にテテュスは背筋を正し、ほころばせた口元を白布で覆い隠す。
「ああ」
彼女には、もっと笑っていて欲しい。そのために自分は何をすべきか。テーブルに視線を落として考える。
「あ、テテュスさま……」
「ん?」
じいっと見つめて来るノーラの手が、自分の
「ついてましたよ?」
はにかみながら、マスタードの種を
「もう、そんなに笑わないでくださいっ」
「フフ。すまない……」
明日もまた、同じように彼女の笑顔が見られると信じて。
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