第35話

結婚式の前日、コリコの町は訪れる客人を迎えるため朝から活気に満ちていた。町の入り口には歓迎のアーチが飾られ、子供たちがそわそわと遠くの道を見つめている。


最初に到着したのはエルフの都からの一行だった。先頭に立つのは、美しい白馬に乗ったフィン様だ。流れるような銀の髪と優雅な佇まいは、まるでおとぎ話から抜け出してきたかのようだった。町の誰もがその気品ある姿に息をのむ。


「ユイさん、ルゥフ殿。この度は誠におめでとう。心から祝福申し上げる」


フィン様は馬から降りると、穏やかな微笑みをたたえて私たちにそう言った。


「フィン様、遠いところをありがとうございます」

「君たちの幸せな知らせを聞けて私も嬉しい。今日は一友人として祝福させてほしい」


その言葉がとても温かかった。


続いてやって来たのは、北の山々から長い旅をしてきた銀狼族の一行だ。その中心にいたのは、ルゥフによく似た、より鋭く威厳のある雰囲気を持つ大柄な男性と、凛とした美しさを持つ女性だった。


「母さん、兄貴…」


ルゥフが緊張した声で呟く。彼がお母さんと呼んだ女性、シルヴァさんは、穏やかな金色の瞳でじっとルゥフを見つめた後、その視線を私に向けた。


「あなたが、ユイさんですね」


その声は静かで、芯の強さを感じさせた。私は緊張しながらも、精一杯の笑顔で頭を下げる。


「はい。初めまして、ユイと申します。この度はようこそお越しくださいました」

「ルゥフから手紙であなたのことを聞きました。この子がどれほどあなたを大切に思っているか…よく分かりましたよ」


シルヴァさんはそう言うと、私の手を優しく両手で包み込んだ。その手は少しひんやりとしていたが、とても優しかった。


「どうか、この不器用な息子をよろしくお願いします」

「…はい」


胸がいっぱいになり、言葉に詰まった。隣ではルゥフのお兄さんであるガルフさんが、ルゥフの肩をがしっと掴んでいる。


「ルゥフ、久しぶりだな。息災だったか」

「ああ、兄貴も変わりないようで何よりだ」

「お前の選んだ相手だ。きっと素晴らしい女性なのだろう。ユイ殿、弟をよろしく頼む」


ガルフさんは見た目の厳つさとは裏腹に、とても優しい目をしていた。ルゥフが久しぶりに会った家族と、少し照れくさそうに、けれど穏やかに話している。その光景を見ているだけで、心が温かくなった。


そして結婚式当日。空は雲一つない完璧な青空が広がっていた。町の広場はエララちゃんたちが飾り付けてくれた、たくさんの花と白いリボンで彩られている。広場は祝福の気持ちに満ちているようだった。


私はエララちゃんに手伝ってもらい、陽だまりの花の刺繍が施された純白のウェディングドレスに身を包んだ。


「ユイちゃん…本当にきれい…」


エララちゃんが涙ぐみながら言ってくれる。鏡に映る自分の姿はまだ見慣れないけれど、胸の奥から幸せな気持ちが湧き上がってきた。


準備を終えた私を、父の代わりにとボルギンさんが迎えに来てくれた。


「ユイ。準備はいいか?世界一の花嫁さんを、世界一の幸せ者が待ってるぜ」

「はい、ボルギンさん」


ボルギンさんのたくましい腕にそっと手を添え、私は広場へと向かった。


広場にはすでにたくさんの人々が集まっていた。コリコの町の皆、フィン様たちエルフの一行、そしてシルヴァさんたち銀狼族。種族も生まれた場所も違う人々が、ただ私たちのために集まってくれている。


その中心でルゥフが私を待っていた。ボルギンさんが特別に仕立てた黒の礼服が、彼の銀色の毛並みによく映えている。いつもよりずっと大人びて見えた。


ボルギンさんの手からルゥフの手に、私の手が渡される。ルゥフの大きな手が私の手を力強く、優しく握ってくれた。

町長さんの穏やかな声が式の始まりを告げる。私たちは祭壇の前に進み出て、集まってくれた皆に向き合った。


「では、誓いの言葉を」


町長さんに促され、まずはルゥフが口を開いた。


「ユイ。俺はお前と出会って本当の温かさを知った。お前の焼くパンは、俺の凍えていた心を溶かしてくれた。これからは俺がお前を一生守る。どんな時もお前の隣で、お前を支え続けることを誓う」


彼の真っ直ぐな言葉が心に響いた。私も彼を見つめ返して言葉を紡ぐ。


「ルゥフさん。私もあなたと出会って本当の幸せを知りました。あなたの優しさが、不器用な言葉が、私をいつも支えてくれました。これからは私があなたの帰る場所になります。温かい家と美味しいパンを用意して、ずっとあなたを待っていることを誓います」


万雷の拍手の中、私たちは指輪を交換した。ボルギンさんが作ってくれた太陽と月の指輪。それが互いの薬指にはめられた時、石が太陽の光を浴びて虹色に輝いた。


式の後の祝宴は広場全体で行われた。テーブルには町の料理人たちが腕によりをかけて作ったご馳走が並び、その中心には私が心を込めて焼き上げた、太陽と月のウェディングパンが飾られている。


「このパンにはコリコの町の恵みと、ルゥフさんの故郷の森の恵みを使いました。そして、ここにいる全ての皆さんが私たちの家族だという感謝の気持ちを込めています」


私がそう説明すると、温かい拍手が送られた。最初のひと切れをルゥフと一緒に切り分ける。そしてそのパンをシルヴァさんとボルギンさんに手渡した。


パンは次々と切り分けられ、皆の元へと運ばれていく。


「美味しい。なんだか心がぽかぽかするような味だわ」

「ああ、これはただのパンじゃねえ。ユイの魔法が詰まってるんだ」


パンを食べた人々が口々に感想を言ってくれる。シルヴァさんも一口食べると、優しく目を細めた。


「…本当に、優しい味がしますね。このパンを食べれば、ユイさんがどんな方なのかよく分かります」


その言葉に、私は心から安堵した。


祝宴では大切な人たちから次々と祝福の言葉が贈られた。

フィン様からの「二人の未来が、陽だまりのように温かく、幸多きものであることを心から願っている」という言葉。

ガルフさんからの「ユイ殿、ルゥフは不器用で口下手な男だが、心根は誰よりも優しい。どうか末永く支えてやってくれ」という言葉。

ボルギンさんからの「がっはっは。俺が作った指輪と家があるんだ。幸せにならねえわけがねえだろう」という豪快なエール。

エララちゃんからの「ユイちゃん、ルゥフさん、本当におめでとう。二人は私の永遠の憧れよ」という涙ながらのメッセージ。

皆の言葉が胸に染み込み、嬉し涙が溢れた。


陽が落ち、空に満天の星が輝き始めると、広場では陽気な音楽に合わせてダンスが始まった。最初の曲はもちろん私とルゥフで。


「ユイ、きれいだ」


ダンスを踊りながらルゥフが耳元で囁く。その言葉だけで心が躍った。彼のたくましい腕に抱かれ、くるくると回りながら夢のような時間が過ぎていく。


その後は皆が入り乱れてのダンスパーティーになった。ルゥフはシルヴァさんと、私はガルフさんやボルギンさんと踊った。フィン様が優雅にエララちゃんをリードする姿は一枚の絵画のようだ。種族も年齢も関係なく、誰もが笑顔で手を取り合い踊っている。素晴らしい光景だった。


祝宴の賑わいが少し落ち着いた頃、私とルゥフは二人でそっと広場の喧騒から離れた。町の外れにある静かな丘の上。ここからは広場の楽しげな灯りと、満天の星空の両方が見渡せる。


「すごい夜だね」

「ああ…」


私たちは隣に座り、言葉もなく夜空を見上げていた。涼しい夜風が火照った頬に心地よかった。

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