第32話

王都での出来事を終え、私とルゥフはコリコの町へと続く道を馬車に揺られていた。

窓から見える景色が見慣れた緑豊かなものに変わっていくにつれて、心が安らぐのを感じる。

隣に座るルゥフの大きな手は、私の手を優しく握っていた。その温かさが、これからの未来を象徴しているようで胸がいっぱいになる。


「もうすぐだね、コリコの町」

「ああ。皆、驚くだろうな」


ルゥフが少しだけ照れたように笑う。私もつられて微笑んだ。

ボルギンさん、エララさん、フェンウィック先生。

お世話になった人たちの顔が次々と思い浮かぶ。

私たちの婚約を、皆はどんな顔で迎えてくれるだろうか。


町が見えてくると、見張り台にいた衛兵さんが大きく手を振ってくれた。

馬車が門をくぐると、そこにはすでに何人かの町の人たちが集まっていた。


「ユイちゃん、ルゥフさん、お帰りなさい!」

「王都はどうだったんだい?」


口々にかけられる温かい言葉に、私たちは馬車を降りて応える。

私たちは人々の歓迎を受けながら、陽だまりカフェへと足を向けた。

店の扉を開けると、パンの焼ける香ばしい匂いではなく、心配そうな顔をした仲間たちが私たちを迎えてくれた。


「ユイちゃん!ルゥフさん!」


一番に駆け寄ってきたのはエララさんだった。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。


「もう、心配したんだから!連絡がないから、何かあったんじゃないかって…」

「ごめんね、エララさん。色々あって、連絡が遅れちゃった」

「うむ。まあ、こうして無事に帰ってきたんだ。それが一番だ」


店の奥の椅子にどっしりと腰を下ろしていたボルギンさんが、腕を組んで頷いた。

その隣では、フェンウィック先生が穏やかな笑みを浮かべている。

私たちは促されるまま、テーブルについた。

先生が淹れてくれたカモミールのハーブティーは、緊張していた心を優しく解きほぐしてくれるようだった。


「それで、王都ではどうだったんだ?例の貴族の件は片付いたのか?」


ボルギンさんが単刀直入に尋ねる。私たちは顔を見合わせ、頷いた。


「はい。全て、無事に解決しました。もう、あの人が私たちに関わることはありません」

「そうか。それは良かった」


ボルギンさんが心底ほっとしたように息をついた。エララさんも胸を撫で下ろしている。

皆が本当に心配してくれていたことが伝わってきて、胸が熱くなった。


そして、一番大切な報告をする時が来た。

私は一度、深呼吸をして、隣にいるルゥフの手をぎゅっと握る。

ルゥフも力強く握り返してくれた。


「あの、皆さん。今日は、大切なご報告があります」


私の真剣な声に、三人の視線が集中する。ごくり、と喉が鳴るのが聞こえた。


「私とルゥフさん…婚約しました」


静寂が、カフェの中を支配した。

ボルギンさんは大きな目を見開いたまま固まり、エララさんはぱちぱちと瞬きを繰り返している。

フェンウィック先生だけが、穏やかな微笑みを浮かべたまま、静かに頷いていた。


最初に沈黙を破ったのは、ボルギンさんの豪快な笑い声だった。


「がっはっはっは!そうか、そうか!そいつはめでたい!今年一番、いや、ここ数年で一番めでたい話だ!」


ボルギンさんは椅子から立ち上がると、ルゥフの背中をバンバンと力強く叩いた。


「おめでとう!本当にめでたいぞ、ルゥフ!」

「…ああ。ありがとう」


照れくさそうに頭を掻くルゥフの横で、エララちゃんがわっと泣き出した。


「うわーん!ユイちゃーん!おめでとう!本当におめでとう!」


エララちゃんは私に抱きついて、子供のように泣きじゃくった。


「ユイさん、ルゥフさん。心からお祝い申し上げます」


フェンウィック先生が、優しく微笑みかけてくれる。

皆の温かい気持ちが、次から次へと押し寄せてくる。幸せで、どうにかなってしまいそうだ。


「よし!婚約とくりゃあ、アレが必要だろう!」

ボルギンさんがにやりと笑って言った。

「指輪だ、指輪!婚約指輪と結婚指輪!」


その言葉に、ルゥフが頷いた。彼は懐から、第31話で私に贈ってくれた「誓いの石」を取り出すと、ボルギンに差し出した。


「ボルギン、この石でユイのための指輪を作ってほしいんだ」


その石を見た瞬間、ボルギンさんの表情が変わった。彼は息をのみ、その石を食い入るように見つめている。


「こ、この石はまさか…銀狼族に伝わる『誓いの石』じゃないか!」

ボルギンさんの驚愕の声が工房に響く。

「俺たちドワーフの間でも伝説として語られる幻の鉱石だ。太陽の光で金色に、月の光で銀色に輝き、二人の心が通じ合うと虹色に光るという…」


彼は石を丁重に受け取ると、職人の目で隅々まで確かめた。そして、顔を上げる。その目は興奮で輝いていた。


「こんな貴重なものを加工できるなんて、職人冥利に尽きるぜ!任せろ!俺の生涯最高の傑作を作ってやる!」


ボルギンさんの力強い言葉に、私は胸がいっぱいになった。


「じゃあ!じゃあ、結婚式の衣装は、絶対に私に作らせて!」


涙を拭ったエララちゃんが、目をきらきらさせながら私の手を取った。

「ユイちゃんを、世界で一番きれいな花嫁さんにしてみせる!デザインは任せて!最高のドレスを作るから!」


私たちの婚約のニュースは、あっという間に町中に広まった。陽だまりカフェには次から次へと町の人々がお祝いを言いに来てくれ、テーブルはあっという間にお祝いの品で埋め尽くされていく。


夜になると、町の広場で即席の祝賀会が開かれた。

「ユイちゃんとルゥフさんの婚約に、乾杯!」

その声は夜空に響き渡り、私の心に温かく染み込んだ。こんなにもたくさんの人たちに祝福されて、私は世界一の幸せ者だ。


宴が少し落ち着いた頃、私たちはボルギンさんとエララちゃんと一緒に、指輪とドレスの具体的な打ち合わせを始めた。


「指輪のデザインだがな、いくつか考えてみたんだ」


ボルギンさんは懐からスケッチブックを取り出し、いくつかのデザイン画を見せてくれた。

彼が最後に指さしたのは、太陽と月が寄り添い、一つの輪を形作っているデザインだった。


「ルゥフが太陽で、ユイが月だ。いや、逆かもしれねえがな。とにかく、二人が一つになるって意味を込めた」

「最高だ。これ以上のものはない」


ルゥフが、感嘆の息を漏らした。私も同じ気持ちだった。

満足そうに笑うボルギンさんの隣で、エララちゃんが大きな布の見本帳を広げる。


「ドレスの生地は、どれがいいかしら?ユイちゃんの好きな、陽だまりの花を刺繍するのはどうかしら?きっと素敵よ!」

「うん、それ、すっごくいい!」


皆の優しさに包まれて、幸せな未来への計画が少しずつ形になっていく。

この温かい町で、愛する人と、最高の仲間たちと共に生きていく。

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