お米がなければ、その辺の草でも食べればいいじゃない
へるきち
乙女ゲーの悪役令嬢って何?
「お米がなければ、その辺の草でも食べればいいじゃない」
お米の価格高騰で騒ぐ領民達に向かって、私はそう言った。
前世で言ったあのセリフのアレンジだ。
「パンがなければ、ケーキを食べればいいじゃない」
という、有名なアレ。
中世フランスの王妃に転生した前世の私は、王宮に押し寄せた革命軍の群れに向かって、王宮のバルコニーから言ってやったわ。
「ああ! 今この瞬間、私は歴史に名を残した!」
歴史に残る名言、いや迷言? を言って、興奮したのも束の間、激昂した革命軍に捕まり、断頭台へ送られた。
さすがに、少しだけ後悔した。
このセリフは、後世の創作だとか、他の人が言ったのだという説もあるけど。
歴史を変えちゃうと、タイムパラドックスが発生するかも知れないからね。
だから、「我ながらアホな事言ってんなあ」と、思いつつも言わないワケにはいかなかったのよ。
でも、あの世界は現実の中世フランスでは無かったと思う。
あの当時のフランスは衛生観念がどうかしていて、ロングスカートは庭の片隅でこっそり放尿するためだし、ハイヒールはそこら中に転がっているうんこを踏まないためのもの。事実に忠実に映像化すると、とても見られたものではない。
そのはずなのだけど、私が居たフランスの街並みは、ただひたすらに美しく、まるで架空の世界だった。巨額の予算をかけて作った映画のセットの様な。
おそらくは、アニメかマンガの世界だったのだと思う。
主要キャラは漏れなく美女か美青年。
何よりも、フランスなのに日本語で会話してたもの。
寺ごと丸焼きにされた前世よりは、スパッと一気に死ねる分楽よね?
などと思っているうちに、フランス王妃としての私の前世は終わりを遂げた。
そして私は、戦国時代の日本に、地方大名の娘として転生した。
姫様、というヤツね。実際、教育係の爺さんは私を「姫様~」と呼ぶ。
今回は、前世のような失敗は繰り返さない。
パンがないなら、ケーキなんかあるわけないじゃないの。
実際のところ、私も言いながら分かってはいたのだ。
なので今回は、ちゃんと食べられるものを言った。
その辺の草なら、いくらでもあるでしょ?
「ふざけんな! だったらお前が、その辺の草を食ってみせろ!」
領民にそう言われた私は、実際にその辺の草を食べて見せる事にした。
政治家がやるパフォーマンスは、時代を越えても変わらないのだ。
適当に目についたプチトマトっぽい実がなった草をむしる。
なんで、この時代の日本にプチトマトがあるのか。
やはり、この世界もフィクションなのだろう。
プチトマトなんだから、食べても大丈夫でしょ。
なんて思ったのは甘かった。
案外と、その辺の草って毒なのね。
その辺の草を、もっしゃあと食べた私は、死んだのだった。
そう言えば、ジャガイモの原種ってトマトの仲間だったわね。
ジャガイモと云えば、芽に毒があるけど、プチトマトみたいな実も毒なのだ。
実がなるまでジャガイモを育てる事は無いから、あまり知られてないだろうけど。
あれは、プチトマトじゃなくてジャガイモだったかあ。
戦国時代の日本にはジャガイモも無かったと思うのだけど。
薄れていく意識の中で、ぼんやりとそんな事を思い。
次に気が付いた時には、芝生の広がる庭を眺めていた。
これで、19回目の転生だろうか。
今度は、どんな世界の、どんな人物に転生したのかな?
もう、死んじゃうのにも、転生するのにも、すっかり馴れた。
今世こそ、もっとうまくやろう。
来世が、またあるとは限らないのだから。
前世の知識から判断するに、ここは大学のキャンパス?
私は高卒なので、大学には通った事がないけれど。テレビドラマや映画で見た大学がこんな感じだったと思う。
校舎か役所のような建物がいくつか見える。
周囲をうろついているのは、若者が大半だから、おそらくは学校なのだと思う。
小学校や中学校なんかだと、もっと無機質なデザインだし、南向きのやたらと大きい窓が並んでいるものだし、小さい子供も居ない。だから大学なのだろう。
レンガ造りの建物は、日本の明治か大正時代の風情を感じさせる。
見た感じ、建てられてから、それなりの年月が経っているようだから、時代設定としては昭和なのかも知れない。もしくは、それ以降の時代。
といっても、私の最初の人生は昭和のうちに終わったので、それ以降の時代なんて知らないけれど。
私の最初の人生、正確に言うなら「私の記憶に残っている限りで最初の人生」となるだろうか。
何故ならば、私は、死ぬ度に転生を繰り返しているからだ。
最初の人生の前にも他の人生が無かったとは言い切れない。
ただし、ややこしくなるので、昭和の日本人だったのが、最初の人生だと云う事にしている。
昭和の日本人、という定義も適切かと云えば、そうではないのかも知れないのだろうが、これもややこしいので、そう云う事にしておく。
あの世界だって現実の世界ではなく、誰かの創ったフィクションの世界なのかも知れないのだし。
ともかく、最初の人生は昭和の日本人で、あの世界だけが現実だった、という事にして、私の中では、最初の人生とか、リアルワールドと呼んでいる。
「で、ここはどんな世界なのかしら?」
転生の度に困るのは、ここがどんな世界で、自分が何者なのか? が一切分からない事だ。
産まれたての赤子から始まれば、いちから学びながらやっていけるのに、毎回ある程度以上育った状態から始まる。
今回の私は、おそらく10代の後半くらいの少女で、服装はセーラー服。
大学の中庭らしき場所の片隅、テーブルと椅子のセットがいくつか並んでいて、その内のひとつに、私はひとりきりで座っている。
季節としては春先だろう。満開の桜の並木が見えるもの。
太陽はほぼ真上にあるから、正午付近の時間帯ね。
私は、この大学に入学したばかりの学生なのかも知れない。
入学式で、スーツの代わりに、高校の制服を着ているのはきっとありよね。
だとすると、裕福な家庭の子ではないのかも。
もしくは、受験する大学の下見に訪れている最中なのだろうか?
うーん。分からない事だらけだ。
ここが大学、というのも推測でしかないのだから。
ここは軍の施設で、私は水兵だという可能性だってある。
セーラー服って、本来は水兵の制服だものね。
これから、どうしたものかと考えていると、女の子の声が聞こえた。
「親分、お待たせしました」
親分?
それは私の事なのだろうか?
目の前にトレイを持った小さな女の子が立っており、こちらを見ている。
女の子は、トレイをテーブルに置くと、私の隣に椅子を寄せて座った。
私を親分と呼ぶという事は、この子は子分なのだろう。
暫定的に、子分Aとしておこう。
これまでの前世では、王妃や姫様だったので、常に身の回りの世話をしてくれる従者が居た。今世でも似たような感じで、子分Aが従者なのだろう。
呼び方が、陛下や殿下、お館様でもなく、親分なのが新鮮だけど。
トレイには、サンドイッチと、紅茶が入ったカップがふたつ。
サンドイッチは、女子ふたり分くらいの分量。
カップがふたつという事は、きっと、子分Aが私の分の昼食も買って来てくれたのだ。
脇にある建物が、食堂か何かなのだろう。
きっとここは、屋外で昼食をいただけるスペースなのだ。
「紅茶よりもコーヒーの方が良かったわね」
「え!? 公爵令嬢なのに、コーヒーなんて飲むんですか?」
正直に思った事をそのまま呟くと、子分Aに驚かれた。
なるほど。
今回は、王族ではなく貴族なのか。公爵ってのは王族の親戚なんだっけ? だったら、似たようなものかしらね? 公爵ではなく侯爵の可能性もあるのかしら?
「コーヒー買って来ましょうか?」
コーヒーがいいなら先に言えよ、っていう不満をじんわりと滲ませながらも、子分Aが気を利かせてくれる。
「紅茶でもいいわよ。嫌いなわけじゃないもの」
従者だからといって、好き勝手に振り回すと謀反を起こされる。
寺ごと焼かれるのはつらいもの。
今世では、あの失敗は繰り返さない。
鳴き過ぎると殺されちゃうのだ。
ちなみに、第六天魔王が言ったとされるあの歌も前世で詠んだ事がある。
これも、後世の創作らしいけど。
「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」
殺されちゃったのは、私の方だったわ。
第六天魔王が実は女性だった、なんて史実は、それこそ後世の創作でしかないので、あの世界もマンガか何かだったのでしょうね。
「親分 … ?」
子分Aが納得いかないって顔で、こちらをじっと見ている。
どうやら、この世界の私は、子分に対して「紅茶でもいいわよ」などとは言わないタイプらしい。きっと「すぐにコーヒー買って来なさい。言わなくても、それくらい分かるでしょ」とか言う感じなのだろう。
子分Aは、「おまえ、そんなヤツじゃないだろ?」 って言いたそうにしている。
そりゃそうだ。さっきまでの私は、私じゃないのだもの。
他人に転生するなら、記憶とか引き継いで欲しいものだけど、そういうのは一切なく、いきなり入れ替わる感じなので、当然周囲の人達は戸惑う。突如、人格が変わった様に見えるものね。
落馬して3日間寝込んでたとか、そういうタイミングであれば、事故のショックで姫様が記憶を失くしてしまわれた~、みたいにどうにか納まる事もあるのだけど。
子分Aは、これまでの前世で経験のない斬新な反応を見せた。
「もしかして、親分も異世界転生者なんじゃろか?」
異世界転生者?
初めて聞く単語だけども。まさにそうね。
異なる世界に転生した者、だもの。
「も、って事は、あんたも異世界転生者なの?」
「そうなんよ」
初めての体験だ。
従者が、自分と同じ転生者。
日本語喋ってるくらいだから、この子も前世は日本人なのだろうか。
この世界での姿も、見た目日本人な感じだけど。
「親分も、この世界の記憶が無いんじゃろか?」
も、って事は、この子分Aにも、この世界の記憶は無いのだろうけど。
どうにも、そんな感じではない。私の事を親分なんて呼んでいるし、勝手知ったる感じで振舞っている。
どういう事だろうか?
私を見て、肯定の反応だと捉えたのか、子分Aはこう続けた。
「ここは、乙女ゲーの世界で、親分は悪役令嬢なんよ」
乙女ゲー? 悪役令嬢?
なにそれ?
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