第20話#《新たな技、静かな変化》
前書き
先輩たちが去った道場に、また一つの季節が巡る。
寂しさを胸に、小猿は新たな学年、新たな技と向き合っていく。
そして、家庭にも――わずかながら変化が訪れていた。
#《新たな技、静かな変化》
四年生になった。
もう道場に、あの先輩たちの姿はない。
寂しくないといえば嘘になる。
けれど、小猿は前を向いていた。
「下ばっか見ててもしょうがないしな」
新しい学年、新しい稽古。
そして今日から、小猿は“内股”を教わることになった。
内股――
ダイナミックで、華のある技。
相手の股の間に足を差し入れ、体を浮かせるように跳ね飛ばして投げる。
「これは豪快な技だぞ」と道場の誰かが言っていたのを思い出す。
けれど、豪快な技は簡単じゃない。
体さばき、崩し、継ぎ足、そして刈る脚。
すべてが噛み合わなければ、技にはならない。
小猿は、前に習った技――体落とし、大腰、大外刈りと同じように、
この内股も、ひたすら千本の打ち込みに励んだ。
トントン、トントン。
畳に響く足音が、道場にリズムを刻む。
高速の打ち込みを繰り返し、姿勢を確認し、呼吸を整え、また一歩前へ。
だけどまだ、小猿は投げ込みの稽古は許されていなかった。
体は2年生ほどの大きさしかない。
無理をすれば、内臓や骨に大きな負担がかかる。
植木道場では、そういうことを絶対にさせない。
「急がんでええ。じっくり育てたほうが、強いし、折れん」
先生の声が、脳裏に残る。
基礎練習も、寝技の稽古も、すべてが“いまの自分のため”になると信じていた。
そして――
家にも、少しだけ変化があった。
父の体調が、わずかに回復したようだ。
何より驚いたのは、お酒とタバコをきっぱりやめていたこと。
「ほんまに……やめたんや……?」
一時は壊れてしまったのではないかと思っていた父親が、
少しだけ外に出ているという話も耳にした。
それでも、まだ怖い。
昔の記憶――怒鳴り声、便の割れる音――が、小猿を近づけさせない。
それでも、罵倒がないだけで幸せだった。
給食費は、まだ払えていないらしい。
朝と夜の食事も、変わらずない。
けれど、それでも――心の中に、静かに“何か”が芽生えていた。
学校では相変わらず、できるだけ人と関わらないようにしていた。
でも、それもいつか、変わるのかもしれない。
そんな小さな兆しが、風のように吹き抜けていった。
後書き
内股という“華”を学ぶ中で、基礎の大切さを再確認する回でした。
植木道場の「焦らず、丁寧に育てる」指導方針が、小猿の生き方そのものと重なっていきます。
そして家庭の変化もまた、物語に静かな余白を与えてくれますね。
次回は学校での“ある出来事”がきっかけで、物語が一歩動き始めます。お楽しみに!
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