乾きの村と水神の花嫁

君原藍

1

 村外れの寂れた祠には、苔むした石の間を流れる水音だけが響く。かつて村人の祈りで満ちていたこの場所も今は静寂に沈む。


 一羽の白鷺が風に揺れる竹の影を見つめ呟く。


「……人の信仰はかくも脆いものか」


 誰にも届かぬ呟きが水面に揺らめいて虚しく消えた。











「あっつ……」



 山へ向かう道中、私は木桶を小脇に抱えたまま思わず顔をしかめた。

 額に浮かんだ汗を手の甲で拭って恨みがましく夏の昼空を仰ぐ。群青に塗り込められた空には雲ひとつなく、白い太陽が燦々と容赦なく照りつけている。


 この村に雨が降らなくなってどれほどの月日が経っただろう。

 畑の土はひび割れて、井戸の底からは水の音が消えた。暑さと水不足で心も乾いてしまったのか、村人達から笑顔が消えて久しい。

 皆雨を切望しているけどこの分じゃ今日も降りそうにない。



「澪、さっさと水を汲みに行きなさい」

 私を冷たく睨む義母の姿とそれを可笑そうに眺める義妹の真由の姿がふと脳裏を過ぎる。


 井戸が涸れて以来、湧水を求めて山を登るのが私の日課だ。水に困窮しているのも嘘ではないが、2人が私を使いに出すのはきっと嫌がらせのつもりだ。

 この厳しい日差しの中、湧水にありつくのは容易じゃない。途方にくれる私を想像して心の中でほくそ笑んでいるのだ。



 今朝も庭掃除をしている途中、義母に果物を買って来るよう命じられ、竹かごを手に市場へ急いだ。

 けれど青果店の前に立つぼろぼろの着物姿の私を店主は頭から爪先までじろりと眺め顔をしかめた。


「お前みたいな子に売る物はない。帰りな」


 冷たく追い払われそうになり、「でも……」と食い下がる。

 手ぶらで帰れば義母の叱咤が待っている。小銭を取り出し懇願しようとしたその時、背後から聞き慣れた声が響いた。


「まあ美味しそうな桃。こちら下さいな」

「おや、真由。朝からお使いだなんて感心な子だ。好きなだけ持っていきな」


 真由が絹の小袖で現れると、店主は笑顔で桃を差し出した。

「ありがとう」と微笑む真由に通り掛かりの村人達もうっとり見惚れて何やら囁きあっている。


 真由の美貌は村中で評判だった。

 丸く大きな瞳に、黒々としなやかな髪。白く滑らかな肌は、手にした瑞々しい桃がよく映える。


 真由は勝ち誇った笑みを浮かべまるで召使いを扱うように私の竹かごに桃を山と盛った。

 私は俯き、握り潰した銭を懐に押し込むと黙って市場を後にした。

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