第28話 鏡の中の世界

 石倉の視線の先には、以前見た幽体の石倉が音もなしに歩いており、それを石倉が必死に接触しようともがいている所だった。

「石倉さん無理だって」

 普段冷静な石倉もこうなってしまったら興奮で抑えが効かない幼児のようで、やっと見つけた己の体への執着と考えると喜劇でもあり哀れでもありまた悲劇でもあった。

「俺の体を返せ!」

 手をブンブンと振り回し体を触ろうと必死にもがくも、当然今まで通りすり抜けてむなしく空を切った。

「ねえノブ」

「なんだ?」

「おかしくない、あれ」

 サニアが指し示したのは石倉の霊体の方だった。

「もし、石倉の魂が入っていると気付いたら向こうも必死にアプローチしているはずじゃないかな」

「確かに! 気付いてねぇのかな」

「うーん」

 霊体の視線は石倉に向いておらず、まるで視野に入れたくないと思っているがごとく視線を真っすぐに向け直進してゆく。

 石倉の霊体はトイレを出てそのままエスカレーターの方へ向かった。

「シロワカ、掴まれ」

「にゃん」

「サニア、追いかけるぞ」

「うん」

 石倉は飛ぶようにエスカレーターを駆け降りると必死に自分の霊体を追いかける。

「ハアハア、待ちやがれ――ハアハア」

 信長たちも後を追い下のフロアに着いた時には、石倉とその霊体はトイレに入る直前だった。

 シロワカは信長の手から飛び降りると、今まで聞いたことが無いような言語の詠唱を唱え、トイレの鏡からなのか昼間のような明るい光が左右にある男性女性両方のトイレから閃光として照らし出されると、幽体の動きが僅かながら停止した。

「ハアハア、シロワカ、今のは?」

「合わせ鏡の世界のトビラを開けてみたにゃ」

「それは、前に言ってた仲間から教えてもらった事なの?」

「そうだにゃ。 にゃーの事まだ覚えてくれていてよかったにゃ」

 石倉に駆け寄って近づくころには、また霊体が動き出し男性トイレの光の中に入っていった。

「うっおまぶしぃ」

 石倉の霊体はそのまま鏡の方へ進んでゆき、そのまま中へ吸い込まれていった。

「せっかく見つけたんだ! 簡単に諦められるか!」

 石倉が猛ダッシュで鏡へダイブするとそのまま鏡の中へ吸い込まれてゆく。

「追いかけるにゃ」

「シロワカ、大丈夫なのか?」

「にゃーがついている、心配無用だにゃ」

 シロワカは洗面台の上へ飛んで上ると二段飛びのような格好で鏡へと入ってゆく。

「よし、俺らも行くぞ!」

「ノブ、離れ離れになりたくないから掴まっていい?」

「よし、掴まれ」

 信長から伸ばされた右手にサニアが掴まったのを感じ取ると、そのまま手を胸に戻しサニアを抱える。

「よっしゃー」

 目の前の閃光が体を通り過ぎたと感じた後、静寂が辺りを覆う。

「サニア、大丈夫か?」

「ノブも、大丈夫」

「俺は平気だ」

「私も平気」

「よかった」

「ところで他のみんなは?」

 閃光にやられて奪われた視界が徐々に戻って来る。

「何か、変なところね」

 一面暗闇に包まれているのだが、何故か空間が無限に広がっているような感覚をおぼえた。

「石倉さんやシロワカは何処にいるのか」

 そう言うと、ポケットをまさぐり懐中電灯を出した。

「わ、明るい」

 懐中電灯の光は何も遮るものが無く、そのまま地平線の遥か向こうへと続いていった。

「……」

 天井、地面に懐中電灯を向けると同じように宇宙空間のごとく光ははるか遠くまで進み、それだけ見ると天井も地面も無いように捉えられた。

「見えない地面があるんだよなぁ」

「私は飛んでるから地面は分からないけど……ノブの世界に来た時と感覚が違ってびっくりした」

「確かにな」

「まずはシロワカ達を探そう」

 初めのうちは地面が無い場所があるのを警戒しておっかなびっくりに歩いていたが、それも段々とめんどくさくなり普通に歩行するようになった。

「シロワカぁ」

「石倉さーん」

「あれ?」

「うそぉ」

 名前を連呼しながら歩いていくうちに急に景色が一変し気がついたら草原に変化していた。

「ニャ―!」

 まるで野良猫が深夜にケンカしているような鳴き声が聞こえる。

「シロワカかも」

 サニアは声のする方へ一目散に飛んで行く。

「おいちょっと待てよ」

「――サイクロプスか?」

 シロワカが対峙していたのは、三メートルはあるであろう長身に古代ギリシャ人が纏っているようなローブを羽織って、細長い頭部の中央に大きな一つ目をはめ込んだ怪物だ。

「シロワカぁ!」

 サイクロプスが巨大な剣を横から薙ぎ払うも、シロワカはぴょんと飛んでかわして魔法を唱えた。

「竜巻雷雲」

 サイクロプスの周りに上昇気流が起こると、たちまち周囲に雷雲が発生して筋肉質の体に高圧の電流を叩きつけた。

「ぐおおおおお」

 サイクロプスの端末魔とともにズシンと巨体が崩れ落ちる音が伝わった。

「スゲェな」

「シロワカ? 大丈夫?」

 シロワカはネコ科の動物特有の縦長に細めた目で駆け寄ってきた二人を見た。

「佐藤にゃん、サニアにゃん無事かニャ?」

「ああ、俺らは大丈夫だ」

「シロワカは怪我無い?」

「ん、猫はふさふさだにゃ」

「まったくぅ~冗談ばっかり」

「その様子だと元気そうだな」

「にゃ」

「でも、ちょっとばかり疲れたにゃ」

「よし、抱きかかえるぞ」

「頼んだニャ」

 シロワカを抱きかかえると段々と瞳孔が元に戻ってゆく。

「石倉さんは何処に行ったか分かる?」

「わからないにゃ、でもこっちから気配がするにゃ」

「じゃあ、そっちに行ってみるか」

「そうね」

 そう言ってサイクロプスの亡骸を置いてシロワカの指し示す方へ歩み始めた。

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