第24話 男の幽霊
トイレの中は明るく流石にこの明るさなら出てこないだろうとタカを括りながら排尿を行いつつチラチラと周囲を伺う。
(小便中に襲われたらたまんねえからな)
幸いなことに襲撃は無く、手を洗いソファーに戻った。
「こうやってみると変な感じだなぁ」
普段は煌々と明るく照らし出された無数の店舗がすべて閉まっており、シャッターこそないがネットが吊るされて、その隙間から漏れる店舗の壁についている小さな電球がやわらかい光を出していた。
季節的には夜でも蒸し暑いくらいだが、幽霊の事が頭にあるせいなのか今日に限ってそうは感じなかった。
ポンと空間が歪む。
「やっほーどう? 出てきた」
「サニアが出てきた」
「私じゃないよ、幽霊」
「まだ、見ないな」
サニアは羽をパタパタとしきりに動かし上昇しては羽を休めて下降してはと繰り返しつつ周囲を見回して幽霊を探す。
「どうした、夜更かしは美容に悪いぞ」
「大丈夫、美人だから」
「大した自信だ」
「ふふ、幽霊ったって人間が認知できないだけで妖精かもしれないし」
「そうだと助かるんだけどな」
ガサガサガサ
「何の音」
サニアがビクッと反応する。
「夕飯、サニアの分も買ってきといたぞ」
「ありがと」
「牛カルビ丼二つとおにぎり、サンドイッチそれにお茶だ」
サニアはお茶と弁当を受け取ると小さくして食べ始めた。
「温めた方がおいしいけど、まあ仕方ないか」
そういいつつ肉を美味しそうに頬張る。
「んー美味しい」
サニアは箸を止めて「ノブはまだ食べないの?」と聞いてくる。
「ああ今から食べるよ」
信長はサニアを見て、いつもながらのその喰いっぷりに呆れて「サニアは妖精なのに肉が好きって不思議だよな」というと、サニアが「妖精だったら花の蜜でも飲んでるイメージだった?」とおどける。
「まあそういうイメージはあるよな」
「残念でした! 私は雑食です」
「そうだな」
見ればわかる。
しばらく和気あいあいと食事をしていると、時間が経つのも忘れるほどのひと時となり、小さな幸せを感じられた。
「あ、弁当はこの袋に入れてくれ」
「了解」
「おにぎりとサンドイッチは後でだな」
「もう無理、お腹いっぱいで入らない」
しばらくソファーでくつろいでいると、突然空気が変わったことに気付いた。
「サニア」
「うん」
音もなくゆっくりと立ち上がると、息を殺して周囲を伺う。
(どこだ、どこからこの気配は来ている)
体をずらすように静かにぐるりと一瞥すると、背後から何者かが近づいて来ているのを確認できた。
(――後ろはエスカレータだぞ)
当然足場などなく、そのまま真っすぐ近づいてきているのは明らかにおかしい。
「ニュートンも飛び上がっちまうな」
信長のつぶやきを聞き、サニアが無防備で振り返る。
「‼」
言葉にならない言葉を発し後ろへのけ反った。
「こいつ一体か?」
素早くあたりを確認するも敵はその一体だけだ。
バックステップで距離を取ると、ワンドを取り出しアイスの魔法をかける。
「……マジか」
魔法はその無機質の物を突き抜けて向かいの壁に当たってはじけた。
「物理的な形を作れば行けるかも」
信長は水柱の魔法を唱える。
「よし、今だ」
幽霊が柱に入った瞬間に氷結の魔法を突っ込んだ。
「これでどうだ」
幽霊は氷の柱をものともせずに抜けてきて、どんどんと信長に迫って来る。
「ファイヤーウォール」
今度は火の壁を作り出すも、それもまるで無き物のように通り過ぎて信長に迫って来る。
「うおお」
「ノブぅーー」
幽霊は信長すら無いもののようにすり抜けて、ずんずんと進んでいった。
「プフゥーーはあはあ」
信長の全身からは日汗が吹き出し、背中をツツ―と伝わっていっているのがわかる。
「なんなのよ、アレ」
サニアが大声で怒鳴ると逆に信長は冷静になり、幽霊を追尾し始めた。
「ノブ―ほんとに追いかけるの?」
「ああ、仕事だからな」
心配げなサニアに笑いかけポケットの中をまさぐった。
かちりという音と共に壁が明るく照らし出された。
「あ、私も持ってきた」
サニアの声と共に二点の光の筋が壁に伸びる。
「確か聞いた話だとトイレですれ違ったという話があったはず」
「こっちはトイレの方向だよ」
視線の先にはこちらの緊張とは裏腹にトイレの表示板がおだやかな光を湛えている。
再びポケットをまさぐりスマホを取り出すと、カメラモードを立ち上げ撮影を始めた。
「まずは写真、終わったらビデオ撮ってっと」
身体をすり抜けたことで危害的な恐怖感が減って幾分余裕が出て来る。
胸のポケットにレンズを表に向けたまま仕舞うと、素早く後を追った。
「ノブ、トイレに入っていくよ」
洗面台の鏡に、目元がくぼんで生気の無い幽霊の顔が写しだされた。
(男か)
そのまま幽霊はトイレの壁をすり抜け出て行ってしまった。
「どういうこっちゃ」
「出て行っちゃったよ」
「引き返すぞ」
「うん」
急いでトイレを出ると壁の向こうが見えるような窓を探した。
「ノブ、あそこから見えそう!」
窓に向けて全速力で走り、息を切らせながら窓を覗き込んだ。
「はあはあはあ、いない」
「はあはあ、消えちゃったね」
外には月明かりが照らされている上に街灯もあるので暗いから見失ったわけではない。
二人はその場で時間が過ぎるままに立ち尽くした。
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