第23話 夜の雑居ビル
今日も朝から色々な意味で落雷が起こっている。
「信長君、君はどうしていつもいつもケアレスミスをするんだい」
西田が机をバンと叩いた瞬間、雷の音が響き渡る。
「くすくす」
「ん、んん」
余りにタイミングが良かったせいで周囲から笑いが起こり、西田も恥ずかしくなったのかそこでお開きとなった。
「ふう」
営業車の中で一息つくと一部始終を見ていたサニアが姿を現す。
「何で言わないの? あれ北口のババアのミスじゃん」
信長は目を伏せて首を振り「仕方ないよ」と呟く。
「何がしかたないの! ノブが悪くないのに、なんで……」
サニアは涙ぐんで悔しそうに吐き出した。
「ありがとうサニア」
そういいつつ外回りをするために車を出した。
「今日は、取引先の挨拶まわりだ」
車の運転は集中力を使うが気はラクだ。
一件目の取引先は複合施設のオーナー、とても気さくな初老の女性だが話好きなせいで時間を無限にとられてしまうので、途中で上手く話を切らなければならないのが骨が折れる。
「おはようございます」
「あら、おはよう、雨の中ご苦労様、いつも大変ね」
「ありがとうございます」
「最近どうですか?」
「そうねぇ、ちょっと色々あってねぇ」
世間話をしながら問題点を洗い出し、改善点を検討する。
それを繰り返すことで、信用を獲得して次の仕事につなげるそんな仕事だ。
「色々と言いますと、どのような事でしょうか? 当社が出来る事でしたら……」
「うーん、これは、佐藤さんというよりお寺さんに頼む問題なのかな」
「お寺?」
いきなり明後日の方向に会話が飛んで面を喰らうもどうにか質問でつなぐことができた。
「そうなのよ~幽霊が出るってもっぱらで」
「幽霊? どのような?」
「あら、佐藤さんはオカルト好きなの?」
「ええ、まあ――若いころは友達と肝試しとかやってたもので……」
「建物の不法侵入とかダメよ」
「はは、学生時代の話ですよ。 当然今はしておりませんって」
「そうよね、じゃあちょっと今晩確認してもらっていいかしら? 警備さん嫌がって止めちゃうのよ」
いきなりなお願いで一瞬躊躇したものの、興味が湧いてきたのと明日休む絶好の言い訳になると思い直し快く引き受けた。
「ちなみに幽霊は何処でどんな感じの人が出るのですか?」
「なんでも中年の男性で、夜になるとスゥーっと出てくるらしいの。半透明で人とぶつかっても通り抜けて行くそうなの」
「ビルの店子さんが怖がったら大変ですよね」
「そうなの、出て行こうとしているところもあって頭を痛めているの」
本当に困っているようで不安そうな顔を覗かせていた。
「任せてください、それでどの辺に出没するのですか?」
「三階の男性トイレあたりから四階のフードコーナーあたりまでらしいの」
(ずいぶんと大雑把な範囲だな)
「では、本日夜にもう一度伺います」
「よろしくね」
そう言って施設を後にして会社に戻った。
「幽霊ってなにかしら?」
「うーん、分からないなぁ」
サニアも信長も情報が足りておらずイマイチ分からなかったが仕事が増えた事だけは理解できた。
「サニア、悪いけどシロワカに飯の事伝えてもらっていいかな」
「了解、猫缶開けとくよ」
「すまない」
会社に戻ると上司の西田に事の次第を報告する。
「ふん、幽霊だぁ~、バカバカしい」
「課長のお気持ちはよく存じ上げますが、なにぶんクライアントが店子が逃げると大変困っておりまして……」
「ああ、あの人は大げさだからな、それで気持ちが晴れるなら付き合ってやってくれ」
「ありがとうございます、その、明日は」
「わかったわかった、今晩は夜勤扱いでいいから」
「重ね重ねありがとうございます」
報告を済まし準備のため廊下に出ると、東島が追いかけてきた。
「今の話聞いたっすよぉ」
「幽霊の話か」
「あのビル……ガチにやばいんじゃねって話でぇ」
「今日マジに行ってくれてありがとって感じ」
「そうじゃなきゃ俺が行かなきゃって感じでぇ、夜勤のロシアンルーレット当たってたんじゃねって感じ」
相変わらずチャラ男の口癖で話しているが、一応感謝はしているらしい。
「今日は任せときな」
「お願いしまっす」
それだけ言うと、機嫌よく席に帰っていった。
(あまりそういうのに動じない東島があそこまで嫌がるという事は、どうやら出るという話はまんざら嘘ではないらしい)
その夜
「こんばんは、見回りに来ました」
各店舗は店じまいの支度で大わらわとなっており、それを眺めながらオーナーと会話を続ける。
「三階で待機する予定ですが、とりあえず食事や休憩はどちらで行えばよろしいですか? なにぶんそちらの担当では無いもので勝手が分からないのです」
オーナーは首を二三度左右に動かしてフロアを確認すると、申し訳なさそうに中央エスカレーター付近にある休憩用のソファーへ案内してくれた。
「ここくらいしか……」
「全然問題ないですよ、それと小さなテーブルも貸していただけると助かります」
「それなら……」
オーナーは最寄りの店舗に入って行き、閉店作業をしている店員を捕まえて事情を話しているのか店員が店内奥に入っていった。
すぐに一本足の小さなテーブルをもって奥から出てきたかと思うと、こちらまで運んでくれた。
「あ、すみません」
「いえいえ、ご苦労様です」
ぺこりと頭を下げて再び作業へと戻ってゆく。
「オーナーありがとうございます」
「いえいえ、今晩はよろしくお願いしますね」
そう言ってそそくさとエスカレーターを下っていった。
ソファーにカバンをテーブルに買ってきた夜食を置くと、以前百均で買った懐中電灯をポケットから取り出して、地面に向けて使用できるか試すと白い光が地面を明るく照らした。
「スマホの電池はどうだ」
カバンからスマートフォンを取り出すと電池は八割くらいを指しており、アンテナも四本立っている。
「よし、大丈夫だな」
スマホと懐中電灯をジャケットのポケットに仕舞い、周囲を散策してみる。
「たしか、三階と四階っていってたよな」
四階から下へ降りるとトイレへ向かって歩く。
「とりあえず、小便でもするか」
信長が下りてきたころには店舗はほぼ閉まって、帰り支度の店員たちが入り口目掛けて降りて行っていた。
「……」
天井の照明はすでに落とされて、夜間照明のみ薄暗く光っている。
「さて、俺の時間はこれからだ」
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