第15話 魔導講義

 石倉の残した魔導書を見ていると、初歩とはなっているが基本を知らないと分からない部分が多く、見よう見まねでやってきた信長には理解できない部分が多かった。

「なあ、サニア」

「ん、何?」

「ここなんだけどさ」

「んー」

「魔法は信仰する神、精霊、妖精、悪魔などの力を借りて繰り出すものである」

「ふむふむ」

「当然、得意な分野、不得意な分野がそれぞれあり、何が得意で何が不得意なのか神話や過去の事例などをあたり理解することが肝要である」

「魔法は上位種に対する使用許可であるから、礼儀作法を伴う敬語文法の決まりがあり、詠唱の仕草などにより威力が変わって来る。 すなわち同じ詠唱でもしっかりとした者の方がしてない者より高威力の魔法を使用する許可を得られる可能性があるが例外は当然ある」

「んーんー」

「また、魔法は法則があり、体系的に覚えるのが肝要であって、意味も分からず丸暗記するするのは、750年アッバース朝成立をナナハンライダーアッバースと語呂合わせで覚えるのに等しい行為である」

 バサッ

「めんどくさい」

 サニアが数ページ読んだだけで投げ出すと、静かに首を振りながら「石倉に聞こう」と言って話を切る。

 あれ以来石倉とは連絡を取ってない。

「連絡するか」

 直接電話はやはり躊躇し、メールを送った。

 メールは予想外にもすぐに戻ってきた。

「……待ってたね」

「暇なのかな」

「別に待っていたわけではないぞ」

「うわぁ」

 瞬間移動の魔法なのだろうか、突然目の前に石倉が現れた。

「ガタ」

「ん、どうした?」

 イスごと転げ落ちた信長はすくっと立ち上がるとイスを直し座りなおした。

「ねえ、ワープできるんなら異世界帰れないの?」

(確かにそうだよな)

 サニアと信長の問いを受けて「飛べるようにマーキングした場所には行けるのだ」と言った。

「サマイルナだっけ、そこにはピン刺ししていないということか」

「ああ、していたら苦労していない」

 信長は冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出し石倉の前に置いた。

「ああ、すまない」

 ゴクッゴクッ

「君は全く運がいいんだぞ! 一流の賢者が君のために書いた書物を学べるのだから」

「……」

(これが無ければ……悪い人じゃないんだけどなぁ)

「何が分からんのだ、初章は当たり前の事しか書いてないが」

 信長とサニアは数か所指さすと、石倉は深くうなずく。

「これは失敬、説明を省きすぎたようだな」

「詠唱の仕草だが、当たり前だが同じごめんなさいでもヤンキーが不貞腐れて言っているのと牧師が深々と頭を下げるのでは受け取り方が違うだろう」

「そういう意味ね」

「わかってくれたみたいだね」

「願いに心がこもっていると神様たちも心を動かしてオマケで追加の魔力を出しやすいってことでしょ」

「good」

 石倉とサニアの会話を聞いて、信長はふと疑問に思ったことを聞いてみた。

「なら、こちらの神様や精霊、天使、仙人、妖怪などに力を借りることはできないのか」

 出来るなら魔力がこちらにもあることになる。

「そういう意味では出来るという事になるが……」

「なるが?」

「もう、失われて久しい」

 石倉は腕を組んで言葉を続ける。

「千年以上前には、この国では陰陽師、欧州では魔法使いやエクソシスト、中国では導師、南米やアフリカではシャーマン……それ以前では紀元前にギリシャやエジプト、ユダ、ヒッタイトなどの神官の一部に使用した形跡がある」

「科学に押されて失われたってことか?」

「それも無くはないが、それよりも権力者の取って代わられるのではという恐怖、才能の無い者の嫉妬、そしてなにより迷信、これにより殺害されたり追放されたりで使い手が消滅した」

「隠れキリシタンのような人たちはいないのか」

 信長は一縷の望みを持って聞いた。

「ああ、探したさ、でもいなかった」

 抜けの無い石倉が調べてないはずはなく、質問は徒労に終わった。

「残された魔導書とかは無かったの?」

「あるにはあったが、基本散逸しているのもあるが、あまり意味が無い物が多かった」

 サニアのちょっとした期待も空振りに終わる。

「意味が無いってのは異世界に行く魔法ではないという意味か、それとも魔法の威力の問題なのか」

「ああ、両方だ」

 信長とサニアの顔にはあきらめの表情が浮かびあがった。

「ただ、こちらの神や天使などの残された書物を分析し、基本のひな型は出せるようになった」

「それは……」

「私の居た世界、サマルイナの神々の魔力はこちらには半分くらいしか届かないのでな」

(マグマの魔法……あれで半分か!)

「私の居た世界にチャンネルが合えば、その魔力を利用し小さなトビラをこじ開けトラックだろうが通れる位には出来るのだが」

 とても残念そうに語る石倉にまた質問をぶつける。

「小さなトビラの先、違う世界にピンだけを飛ばすことはできないのか」

「出来るが……出来るが危険すぎる! 飛んだ先が遥か上空だったら、魔力を送り込んで来る敵対勢力に囲まれた状態だったら、火山の火口だったり硫化水素がまん延している洞窟だったりしたらどうするのだ」

「確かにそうだな」

「うむ、ただ今は私一人ではなく三人いるのでな、基本を理解すればある程度重要そうな物は判別できるはずだ」

「だからこの魔導書なのね」

「そうだ」

 サニアの言葉に石倉はゆっくりと頷く。

「そうだ、石倉の体は何処に行ったか分かるのか?」

「前に唱えた場所、新宿の高層ビルの屋上から行ったのだが……」

「じゃあ、そこに行ってみれば……」

 サニアは身を乗り出し詳しい場所を聞こうとした。

「チャンスの周期は八十七年だ」

「八十七年……」

 サニアと信長は絶句した。

「ただ、そこはその周期なだけで、他にもゲートはある」

「具体的には」

「これから調べにゃ結論が出ん」

「それよりも」

 石倉はずぃっと身を乗り出す。

「今日は直々に講義をしてやる、感謝せい」

「げぇ」

「えー」

「はいはい問答無用」

 休日が潰れていく……。

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