第6話 敵はドラゴン
職場最寄りの駅を下車し、会社に行く道すがら例の雑居ビルに視線を向ける。
「……入れそうにねぇな」
数日前は警察でごった返していたビルだが、目を光らせている警官が減ったとはいえ規制線が張られていることには変わりがなく、石倉も容易に建物に入れないだろう。
会社に着くとツナギに着替えて帽子を片手に机に向かう。
「あれ、今日見回りの日だっけ」
西田は、信長の姿を見て多少残念そうに話すも、次の瞬間には東島を捕まえて話を始めた。
(仕事を振ろうとしていたのか)
視線を机に戻すと、卓上カレンダーに手を伸ばす。
「今日の予定は……」
ビル三件ほどの確認だ。
まずは車のカギの確保だ。
「これでよしっと」
会社の連絡ボードに見回り先と帰宅時間を書いてオフィスを出た。
一件目は建てられてまだ数年しかたっていない新築のオフィス。
「特に異常なし」
デカいテスターとメガーをしまい次のビルへ向かう。
二件目は築年数は立っているが、手入れが行き届いておりそこまで古さを感じない。
「ここも異常なし」
三件目……建物自体は古くは無いのだが、立地条件なのか凄く淀んだ空気が漂っていて、正直あまり伺いたくない建物ではある。
入った瞬間強烈な違和感に支配される。
「来やがったな」
上着の裏ポケットからワンドを取り出して、右腕の袖口から中へ仕舞い込み親指と人差し指の間にワンドの先端を挟み込む。
「おし、行くぞ」
右手がこの状態ならば、挟んでいる指を緩めれば重力で自然とワンドが落ちてくる、そこをいいタイミングでワンドの持ち手を掴めばいつでも臨戦態勢がとれるって寸法だ。
建物の送電盤やら設備関連の設備は一番上の階にある。
「……」
エレベーターのボタンを押し到着を待つ。
チーン
エレベーターのベルの音が鳴り響いてトビラがぎこちなく開く。
中に足を踏み入れると背筋に冷気が入り込むような冷たさを感じ思わず左手で首筋を掻きむしった。
(いつも以上の感覚だ)
最上階のボタンを押すと、閉めるボタンを押していないにもかかわらず、勝手にトビラが閉まった。
「まるで、呼ばれているみたいだな」
チーン
到着音と共に最上階へのトビラが開くと、下で感じた違和感とは比べ物にならないプレッシャーが押し寄せてきて、その空気に潰されそうになる。
信長の背には汗が流れ、その感覚が不快に思える余裕すらなく、ただただ恐怖の感情に立ち向かいながら一歩そして一歩と逃げたくなる感情と戦いながら進み続けた。
「うっ」
汗が顔を伝うと、視線が滲んだ。
「目に入ったか」
汗で湿った帽子を脱いで頭にタオルを巻くと再び帽子を被り、右手のワンドの持ち手を掴み戦いに備えた。
「小太刀を持ってくるんだった」
そんな後悔をしながら少しでも役に立つものをという一途の望みのままに腰道具を巻き、レンチや電工ナイフ、ドライバーとカラスを差し込み、補強用の鉄パイプを空いた左手に持ち再び歩み始める。
機械室のトビラを開ける。
「ここじゃねえ」
少しずつ奥に進むと違和感がドンドン増してゆく。
「はあはあはあ」
荒れた息を吐きながらある部屋の前に立ち尽くす。
「保管庫、ここだな」
ドアのノブには埃がつもり、かなり長い間誰も立ち入っていないのが伺える。
信長は後ろ歩きで壁まで歩き、それを背にして音がしないようゆっくりとパイプを立てかけ、視線を目の前のトビラから外さずに、鍵の束をポケットから出し保管室のトビラのカギを鍵の束から探す。
「これだな」
パイプを手に持ち音を殺し鍵穴にカギを入れると、ゆっくりと錠を回す。
手ごたえと共にカチャリと言う小さな音を感じると、音もなくカギを引き抜きそれをポケットにしまいトビラに手をかける。
静かにノブを回しトビラをゆっくりと引くと、暗闇をワンドで照らし蛍光灯のスイッチを探した。
(電気のスイッチは……あそこだな)
警戒しつつスイッチを入れると、漆黒の部屋に光が舞い降りる。
中は端に段ボールが積み重なっているのみで、肉眼では確認できない。
(見えないヤツか?」
信長はワンドを構え、サーチの呪文を唱え始める。
(俺の魔力で確認できればいいが……)
すぐに空間の歪みが露になり暗い影が浮かび上がった。
「いた」
影は段々と姿を増して暗緑に染まり、どんどん天井に伸びてゆく。
「……マジか!」
おおよそ二メートル、四足歩行のそれはまるで恐竜かドラゴンを連想させる巨大怪物だった。
「今日ばっかりは、お陀仏かもな」
わずかに震える両腕の中の獲物を強く握る。
「サニア、死んだら一人ぼっちにしちまう……ゴメンな」
素早く自分を強化する魔法を唱えると、ドラゴンに能力を落とす魔法をかけ、かけ終えると相手の正面を避け左に回り込む。
「先に謝っとくぜ」
そのつぶやきの後に氷の魔法の詠唱が始まる。
「アイシクル」
ドラゴンの体中央に吸い込まれるも、赤く染まることは無く変化したのはドラゴンの目だけだった。
「切れやがったな」
オニキスのような目から攻撃性の高い視線が降り注いでくる。
「サンダー」
ドラゴンは稲妻をまるで突風が吹いたかのようなめんどくさそうな顔で受け止める。
「ファイアー」
ドラゴンは涼しい顔でそれを受け止めると、地が震えるような唸り声をあげ炎を吐く。
「チッ」
「ウォーター」
水の魔法で炎を勢いを殺し、その中に突っ込む。
「もらった」
炎が目くらましになり、ドラゴンは虚を突かれた所にワンドごと両手持ちをした鉄パイプで頭をおもいっきり殴る。
頭が少しばかり飛ばされるもすぐに体制を立て直すドラゴンに対し、パイプを左手に預け、右手でワンドを握って氷の魔法を再び繰り出す。
「やはり、効いてねぇな」
鉄パイプを頭目掛け振り下ろすも、二度と同じ手は喰わんとばかりにドラゴンは歯でそれを受け止め、力任せにパイプを奪い取り後方へ投げ捨てた。
「……」
無言で柄にしまってあるナイフを引き出し右手に持ち直す。
「くそぉ」
ドラゴンの大きな体に水の魔法を何度もかけ、そこに氷の魔法を叩きこむ。
「ウォォォ」
吼えるドラゴンに接近し、ナイフに体重を乗せてその横っ腹に突き刺す。
「喰らいな」
ナイフを避雷針代わりにサンダーの呪文を叩きこむと、さすがに効果があったのか体を捩じらせ大きく啼いた。
「もう一丁」
マイナスドライバーを取り出し、先ほどのように水の魔法を唱えながらドラゴンへ突っ込む。
「これでも、喰らえ」
ドライバーを体に突き刺した瞬間。
「‼」
ドラゴンの尾が信長のみぞおちを直撃、そのまま吹っ飛ばされて壁に叩きつけられた。
「ううっ」
信長は体を起こすも右手に杖の感覚がなくなっていることに気付いた。
「どこに行った」
ワンドはドラゴンの尾っぽの近くに落ちている。
(どうにか気をそらして取り返さねぇと)
ワンドが無いと魔法の威力が落ちる。
腰道具からプラスドライバーを引き抜くと、その先端に炎の魔法をかける。
ドライバーの先端が赤い炎を宿すと、こんどは風の魔法をドラゴンの周囲に発生させる。
「よし、いけ」
風邪の魔法により舞い上がった水に向かって、熱せられたドライバーを投げ込む。
途端に舞い上がった水が熱せられて水蒸気に変化した。
「シャイン」
光の魔法を唱えると、水蒸気がキラキラと光を帯び反射し始める。
「今だ!」
信長は一目散にワンドへ向かって走り出し、それを手に掴んだその時。
「うごぉ」
ドラゴンの左手がブワッと動くと、信長はまたも吹っ飛ばされた。
「……パワーがダンチだな」
カランカラン
乾いた落下音と共にワンドは入り口付近まで飛んでいった。
「キャオオオーーーー」
ドラゴンは大きく吼えると、火の玉を信長に向け吐き出した。
「ウォーター」
右手を前に出し、左手でそれを支える形で水の魔法を繰り出すと、激しい湯気が上がり視界が遮られた。
その水蒸気を超えて火の玉が再び迫って来る。
再度水の魔法の詠唱を終えて魔法を発射するもドラゴンはそれを見てか火の玉を小刻みに吐き出した。
「万事休すか」
信長の頭の中をサニアの姿がよぎってゆく。
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