第4話 異世界に帰ろうとして失敗した男
「まず、一番最初の質問から答えよう」
その女はニヒルな笑みを浮かべ言葉を続ける。
「あの雑居ビルの殺人……俺であって俺じゃない……だな」
「何を言ってんだよ!」
信長は年下にからかわれているような不快な感情が湧きあがり声を荒げた。
「ふっお前も戻ってきてから上手く行ってないだろう、俺にはわかる」
「俺の事を……」
「俺がそうだったからさ、今のお前みたいな顔をしてた」
信長は言い当てられたうえに似ているといわれ答えに窮した。
「ちょっと座らせてくれ、この体は体力が無いんだ、すぐに粋がるくせにな」
カラララ
オフィスチェアの軽快な音を鳴らせ近くまで運んでくると、どっかりとイスに腰かける。
「外は、大変なことになってるな」
外を眺めながら女は軽く笑うと視線を信長に向けた。
「俺も適応しようと色々調べたさ、でもダメだった」
「あと、俺はお前より一回り年上だ」
「……三十前後にしか見えないが……」
信長の指摘に女は「おいおい話す」と伝え自分の話に切り替えた。
「俺が初めてファ○コンで遊んだのは小学校中学年の時だったな、そこで虜になってドラゴンク○ストⅢが出たのが中学に上がるか上がらないか位だ」
「中学にはスーパーファ○コンがでてな、ファ○ナルファンタジーⅣやロマンシング○ガなんかだな」
女は話を切って水を飲みこみ、そして再び口を開く。
「高校くらいか、エル○ザードという異世界に行くアニメが流れてな、A○Cなんて知らないか、今の京○ニみたいなもんだ……当時は本当に異世界に行きたいと願っていた」
(この女は何が言いたいのか分からない、むしろ女なのか?)
「大学位だったかな、エター○ルメロディーってゲームがセガ○ターンで出てな、これも異世界に飛ばされるゲームでな……」
「異世界に行きたかったのは分かった、話の内容からして年上なのも分かった、何が目的なんだ?」
信長は遠い目をする女を現実に引き戻し、脱線した話をもとに戻そうとした。
「こういう話がある、太平洋戦争末期、B二十九が大挙して押し寄せ爆弾を落としていたころだ、ある陸軍の戦闘騎乗りは愛機の飛燕に乗って迎撃し続けた」
「飛燕というのは、日本軍機には珍しくドイツのライセンスを使って作った水冷エンジンでな、空冷のゼロ戦などと違い高高度の迎撃ができたんだ」
「彼は、首都が焼け野原になり人々が焼死してゆくのを目のあたりにして、一機でも落とせば犠牲がその分減るのではと命を賭して戦い続けた」
「硫黄島が陥落してその飛行場から飛び立ったムスタングが護衛についたことで日本機の被害は目に見えて増加した、それでも彼は戦い続けた、民の命を守るために……」
(また話が飛んだ、何を訴えたがっているんだ)
「結局日本は戦争に負けて、軍隊は解散、彼は故郷に帰ったらしい……」
女は視線を空に向け上げる。
「結論から言うと、彼は故郷で激しい差別を受けたらしい……日本をめちゃくちゃにした軍人だからって理由でね」
「それは、彼と関係ないんじゃないのか」
「ああ、関係ないよ、一下士官にそんな権限はないし君も経験があるだろうが一個人の奮闘では戦場の状況は変わらない」
「それにアメリカには勝てないと分かっていながら戦争を始めた軍人の上層部、政治家、それを当選させた国民、反戦論者を逮捕し黙らせた憲兵、それに勇ましいことを言って戦争を煽った壮士と呼ばれている連中、こいつらの方がよっぽど問題だろ」
信長の問いに、女は呆れとも苛立ちともつかないセリフを口に出し、右手を強く握りしめる。
「それで、彼はどうなったんですか」
「焼け野原の東京に戻って、職を転々としたらしい、毎日浴びるように酒を飲んで、人間関係など色々上手くいかず……生活保護を受けて、糖尿病だったのか、最後は飲酒後血を吐いて亡くなったとの事だ」
「この国は差別をしていいって空気になるとよってたがってトコトン差別する国だ、戦前の反戦派、戦後の軍人、宮崎勉が犯罪を犯した後のオタクと呼ばれる趣味を持つ人間、容姿がいまいちな人間、ちょっとした変わり者、ホームレス、独身の人間……特に中年男性など……とね」
「噂話などを信じて差別する、それが事実かどうかなんて関係ない、みなで差別することで一体感を味わいたい、正義感を満たしたい、不快な存在を排除したい、私は差別される階級じゃないと確認したい、その癖いったんいじめやらなんやらと差別主義者のレッテルが張られそうになると見苦しい位に言い訳をする、悪人にはなりたくないんだ」
「だったら最初からそんなことしなきゃいいだけだろ、やった以上差別主義者なんだよ!」
信長は女が差別された例え話をしたことに初めて気づいた。
「俺の行っていた世界はサマイルナと呼ばれていたが、君の行っていた異世界は何と呼ばれていたんだい」
「……サル―シンだ」
女は長嘆息をつき視線を信長へ向けた。
「俺は、戻ってきたことを激しく後悔した。 ここまでの後悔は今までで無かっただろうね」
「……実は俺も……」
「だろうね、君は俺に似ている」
「そうでしょうか」
信長は同意してよいものか迷い、言葉を濁した。
「ふふ、そこでこの体だ」
やっと核心に入ると安堵と共に聞いてはいけなさそうな予感がして、無意識にコップのお茶を飲み干し一時的に話を切った。
「俺の名前は石倉 将という、そして体の主は樋口 かなでという」
「何故、人の体を使っているんだ」
「異世界に戻ろうとして失敗したからさ」
「……失敗……」
魔法使いならみな経験あるが、とても嫌な言葉だ。
「こう見えても、サマイルナではカタナルの三賢者と呼ばれていた魔導士だったからな、どうにか魂のロストは免れた」
「なぜ、殺人なんかを?」
「やったのは樋口の人格だ! こいつはお局の高田 めぐみという女に常にいびられて自殺をしようとしていた」
「そこで、身体を乗っ取ったわけですか」
「乗っ取ってはいない、時間交代の間借りだ。 樋口は俺の魔力が流れ込んだのをいいことに高田を殺りやがった」
石倉は非常に憤っているのだが、内容を聞いているととても滑稽で信長はどう対応していいか困った。
「殺ったはいいが後始末の仕方が分からない、それで精神の奥に隠れやがった」
「対応は、あなた……石倉さんが行っていると」
「そうだ、だから嫌なんだ、最後まで責任取れないくせに調子に乗って暴走する奴は」
怒りのボルテージが上昇している石倉を尻目に信長は今後の事で頭を回転させていた。
(殺人となると、コイツはいずれ警察に捕まるかもしれない、なんせ樋口という女は石倉が言うにはあまり利口ではなさそうだ)
(距離を置いた方がいいか)
そう考えて石倉に樋口へ自首を促すように持っていこうとした。
「でも、いじめの報復という意味では、樋口さんでしたっけ? も仕方ない面があるんじゃないんですか……」
「たしかに報復という、そういう面で見れば仕方がないように思える、が樋口も一緒さ、潜在的に差別主義者だよ、だから立場が変われば弱い者に攻撃を始める」
「では、樋口さんは弱かったから強い……えーと何さんでしたっけ」
「高田 めぐみだ」
「そう、その強い高田さんへ攻撃をしなかっただけだと」
「ああ、そうだ」
「勝てる力を手に入れたから、日頃の恨みでリンチをして歯止めがかからなかったと」
「よくわかったな」
間髪を入れず石倉は驚きの声を上げた。
「話の内容的にな」
しばらくの間沈黙が流れる。
「そうなると石倉さんは別の人間に憑依した方がいいんじゃ」
石倉がこの体を捨てれば、事件に巻き込まれずに済む。
「それが出来たら苦労はしない」
石倉は苛立ちながら大きくため息をつく。
「君は、かなりの剣技となかなかの魔術を使えるだろう」
「あれは、巨大化した動物はアンタが出したものなのか?」
苛立つ信長に石倉は「いや、俺や樋口は関わっていない、あの魔力はどこかから漏れ出したものだ」と説明口調で強く押し出してきた。
「漏れ出す? どこから」
「さあな、俺が知りたいぐらいだ」
石倉はそっぽを向く。
「おそらく俺の体は異世界との境にあるだろう、だからそれを取り返したい、そして異世界へ帰りたい」
「そこで、君の力を借りたい」
石倉は話し始めてからずいぶん経ったが、ここで初めて笑った。
「憑依は止めてくれよ」
「それは出来ないと先ほど言ったはずだ」
「では、何をすればいいんだ」
「どこかから漏れ出した魔力の話だ、君も知っている通りこの世界には魔力は基本ない」
「それは……わかっている」
「なら、異世界から来た魔力の可能性は十分ある」
「じゃなかったら……」
「ふりだしに戻る」
石倉は目を瞑り、軽く首を振った。
「こちらでも時間が出来たら調べる予定だ」
「……殺人の容疑者なんだから動くのは難しいんじゃ」
石倉は鼻息荒く「処理は終えてある」と言う。
「終えてある?」
流石に不思議に思って聞き返すと「監視カメラの映像も細工し、樋口が着ていた服をビニール袋に詰めて、高田の手下の女のロッカーにぶち込んでおいた」と吐き捨てた。
「それって冤罪じゃ……」
「ああ、そうだ。 だがなこのスネ夫女もいろんなとこで罪をでっち上げたり、嘘の噂話をばら撒いたりしてたんだから、自業自得だ」
スネ夫と言うだけでどんな人物かわかるが、やはり腑に落ちない。
ただ、危険な奴に下手なことを言って刺激するより、少しばかり距離を取って様子見した方がいいと判断し言葉を繋げた。
「アンタを全面時に信用したわけじゃないが、協力できる範囲で協力してもいい」
「ああ、それでいい。 俺の望みは異世界へ戻る事だ」
(殺人の事はくぎを刺しておいた方がいいな)
「あと、これだけは言っとくけど……」
「なんだ?」
「あの殺人事件に巻き込まれそうになったら容赦なくお前を売るからな」
「フッ……そんなことか、かまわんよ」
信長は石倉の拍子抜けな態度を見てよっぽどの自信家か馬鹿かのどちらかかと思ったが言葉に出さず胸に仕舞い込んだ。
「用は済んだ、あとはこれだ」
石倉は百均で売っているような小さなノートを投げてよこした。
「……これは……」
「俺の魔法通話用の魔法陣が書いてある」
「用は済んだ、また会おう」
コッコッコッ
石倉はハイヒールの音を高く響かせながら一方的に去っていった。
(なんて言ったらいいのか、自分勝手なヤツだったな)
石倉が排除されたのは、本当にまわりがすべて悪かったのか。
本人にも問題があるのでは。
色々と考えながらキーボードを打ち始めた。
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