星と月の裁きの糸~異世界で、星の糸を織り月の弓と絆を紡いで正義と愛を探す私は、裁判官を目指してる~

Çava

プロローグ:異世界の小さな村の酒場で

法の織り手――ユリス・ファブリカ

「レギス・オルビス」。

ここは、星と月の光が織りなす世界。


私はこの前、この世界に飛ばされてきた。理由はよく分からない。

元の世界では、裁判官を目指す日本の高校一年生の私が、気づけば青と銀のローブサファイラ・ヴェスティをまとい、「法の織り手ユリス・ファブリカ」となっていた。今では、この酒場カエリウム・ポティオに雇われている。

転生時に、秩序の女神ディアナ・オルディナであるレギナから私が与えられた使命は、「乱れた法則を修復せよ」。



この世界にある小さな村の一つ、そんな村の外れにある、その村唯一の酒場に、私は雇われている。

この村は小さいながらも、冒険者アヴェントゥールたちが行き交う街道沿いにある。なので、この酒場へも冒険者たちがよく訪れる。


かつてこの酒場は、冒険者たちのケンカが絶えず、地元の民は近寄らなかった。

器や皿どころか、時には武器や魔法までも飛び交い、イスやテーブルのすべてがひっくり返るような夜も、珍しくなかったのだ。


だが、私がこの酒場に雇われてからは、すべてが変わった。

私は「法の織り手」として、どんな騒動も静かに、そして確実におさめてきた。

そのうわさは徐々に村中むらじゅうへ広がり、今では地元の民も安心して酒と料理を楽しむことができるようになり、毎晩、店内は笑顔と笑い声であふれていた。


今夜も私は、その酒場の片隅で静かに食事をしていた。

いつも私が座る木のテーブルに、焼きたてのパンと野菜のスープが並ぶ。

だが、そんな静かなひとときは、突如響いた怒声で妨げられた。


「てめぇ、俺の酒をこぼしやがって! どうしてくれるんだ!」

「ハッ! お前の剣が俺の斧に当たったのが悪いんだろうが!」


酒場の中央で、二人の戦士がにらみ合っていた。

一人は長剣を握る剣士スィフェル、鋭い目つきで、赤いマントがひるがえる。

もう一人は巨大な戦斧せんぷを肩にかつ巨漢きょかん斧豪アスクィア革鎧かわよろいきしませている。

店内の空気が一瞬で張り詰め、ほかの客たちが遠巻きに見守る。


私の雇い主ドミヌスである店主が、もうこの段階で、こちらに救いを求めた視線を送っていることは、わざわざ見なくても明らかなことだ。

ほかの客たちの中でも、地元の民たちが誰一人として酒場の外に逃げ出さず、むしろこれからまた今夜も面白い見せ物を楽しめるという期待にあふれているようにもみえるのも、私がこの場にいることにみんな気付いているからだろう。

私はスプーンを置き、「やれやれ」と小さくため息をついた。もちろん私は、自分の瞳へ星の光ルクス・ステラを宿らせる準備をすでに始めている。


剣士が剣を抜き、斧豪が斧を振り上げる。テーブルが倒れ、酒瓶が床に落ちて砕ける。

「お前の剣なんぞ、俺の斧の前じゃ紙切れだ!」斧豪がえる。

「ふん、野蛮な斧使いが、俺の剣技に勝てるわけがない!」剣士は冷笑する。


私は静かに立ち上がり、その身にまとう青と銀のローブと、髪に留めた星型の髪飾りアステル・オルナメンタが、酒場の明かりを帯びて輝く。

「二人共、武器を下ろしなさい。」

穏やかだが、厳かな響きを帯びた声で、私は仲裁を試みる。


「「なんだお前は!女子供はすっこんでろ!」」

それまでそれぞれに怒鳴りあっていた戦士の二人は、私が現れたとたんに声もセリフもそろえ、同時に私に刃を向けてくる。あんたたち、実は仲良しか?あと、確かに私は女だし子供だが、私は一人なのだから、すごませるなら「女はすっこんでろ」か「子供はすっこんでろ」で十分だろう?わざわざ「女子供」とくっつける必要はない。


…なんて論理的に心の中で突っ込んでいる場合ではない。この二人がどれほどの使い手なのかは知らないし興味もないが、たとえ戦士としては最弱で見掛け倒しなまがい者のこけおどし野郎どもであっても、本気で襲われれば、この世界で極めて非力な私は、ひとたまりもない。そこで私は右手を掲げ、静かに宣言する。

星の裁決スターリー・ディクリー!」

その言葉と共に、私の周りには青い光が渦巻き、星座のような円が浮かぶ。私はその光に徐々に包まれていく。


私の瞳に星の光が強く宿り、「星芒の秩序ステラ・オルド」のスキルが自動的に発動する。これにより、私に対するあらゆる攻撃は無効化される。私に刃を向けること自体、私に対する攻撃にほかならないから、戦士の二人は、まるでシンクロしたような格好で、動きを止められている。こいつら、単なる仲良しじゃない、大の仲良し野郎たちだ!と私は心の中で再び突っ込みを入れる。

騒動の原因を探るため、「星芒の解析ステラ・アナリシス」を発動させてもいいが、こんなケンカなんて、どうせどっちもどっちに決まっているから、そんな時間ももったいない。二人が何をどれだけ壊したのかも、一目見れば分かる。


「壊した物を二人でつぐない、すぐにこの場を立ち去ってはどうですか。」念のため、私は二人に提案してみる。

「「ふざけるな! 俺は悪くねえ!」」と戦士の二人はまた同時に叫ぶ。そのあまりにそろった二人のセリフと、シンクロしたまま動きがとれない二人の姿に、もうほかの客たちが噴き出し始めている。別に私も戦士の二人も、見世物をして楽しませようとしているわけではないのだが。とはいえ、雇い主の望みと、客たちの期待には応えないといけない。私にも立場ってものがある。


私は一つ、大きく息を吐き、両手を広げて穏やかに宣言する。

星の調和スターリー・ハルモニア!」

青い星光アズール・ステラリスが、ゆるやかに二人を照らす。

「あなたたちに、最後の和解の機会フィナリス・コンコルディアを与えます。壊した物を二人で償い、ほかの方たちへの迷惑の代償として一杯ずつ、お酒をおごるのです。そうすれば手荒な真似はしませんし、あなたたちは今後、手を取り合うことがで…」


「「誰が!こんな奴と!」」

ついに私のセリフまで遮るタイミングまでそろったことに、ほかの客たちは耐え切れずにみんなで大爆笑しているが、私はすでに突っ込みを入れるのにも飽きている。もう、とっとと終わらせよう。

私は静かに首を振り、両手を挙げて高らかに宣言する。


「星の名の下に、裁定センテンティアくだします。星の断罪スターリー・ユディキウム!」


酒場全体が青と銀の星光サファイラ・ステラリスに包まれ、星座の剣グラディウス・ステラリスが二人の上に現れる。私は穏やかながらも威厳を帯びた声で二人に告げる。

「あなた方の罪は同等です。よって、次の裁定センテンティアを下します。一つ、あなた方がそれぞれ注文した飲食代はそれぞれが支払い、それとは別に、あなた方が壊した酒瓶二つとテーブル一つの損害を、等分に支払いなさい。二つ、それらに加え、ほかの客全てに店主が一杯ずつお酒を提供する費用も、等分に支払いなさい。これらを拒絶レネガティオすれば、これらの内容は直ちに執行コンプレされ、さらに、その直後にはあなたたちをはるか遠くへ追放バニティオし…」


「「うるせえ!従うわけねえだろ!」」

だーかーらー!最後まで言わせなさいよ!この告知デクラのシーンが、清楚せいそ華奢きゃしゃ可憐かれんででかわいらしい私がかっこよく決める、一番いいとこなのに!…なんて、ついに耐え切れず私はまた心の中で突っ込んでしまったが、そんな私の心の動きにかかわらず、二人の拒絶レネガティオを認識した断罪ユディキウムのスキルの剣が、そのまま二人に突き刺さる。突き刺さったその剣は、賠償金と酒代の分を等分に二人から奪い取って床に落とし、それと同時に二人の姿は酒場から消失した。

そう、「星の断罪スターリー・ユディキウム」のスキル下で言い渡した私の裁定を拒絶すると、その裁定の内容を即時に実現し、さらに対象者をはるか彼方に飛ばす「追放バニティオ」などの「執行コンプレ」の効果も、私は付すことができる。

そして、二人が消えた後には、剣士がまとっていたマントと、斧豪が身に着けていた皮鎧まで残されていた。持ち金が足りずに装備品の一部にまで「執行」の効果が及んだというあかしだ。あいつら、まともな額の金も持たずに、あんなに暴れたくなるほどの量の酒を飲んでたのか。装備をはぎとられるところまで一緒とは、あんな仲良しコンビはこれまで見たことがない。

まあ多少遠くに飛ばされるだけで別に生命まで奪うわけじゃないし、あの元気な二人なら、マントや鎧を失ったところで、今後も何とか生活はできるだろう。それに剣や斧を奪わなかっただなんてことが、私の人格が慈悲深じひぶかすぎるところの表れだ。


騒動が収まり、酒場は再びにぎわいを取り戻す。

床に落とされたお金を全て店主に渡す。「断罪」の定めのとおり、店主が全ての客に一杯ずつおごることを約束すると、客たちは一層、盛り上がりを見せる。

私はゆっくりとテーブルに戻り、冷めてしまったスープを一気に飲んで、残りのパンは布で丁寧ていねいに包む。

そこへ店主がやってきて、笑顔で言う。「マオリ、いつも助かるよ! おかげでうちも繁盛だ!ほら、何か食べたいものがあったら何でも言うといい。」私は微笑みを浮かべながら、それでいて冷静クールな装いも漂わせて答える。「いえ、それが私の召命アクトゥスですから。それでは、騒動も収まりましたし、お料理も十分に頂きましたので、私は部屋に戻らせてもらいます。」私は静かに、その場を立ち去る。酒場の隣にある小さな離れを、店主から無料で借りて、私の自室として使わせてもらっている。



店主も含め、ほかの者たちには知られないようにしているが、「星の裁決スターリー・ディクリー」の発動自体はともかく、「星の調和スターリー・ハルモニア」や「星の断罪スターリー・ユディキウム」まで使ってしまうと、私はかなり疲弊ひへいする。実はさっきも、お金を拾う手はかすかに震えていたし、残りのパンを食べることができずにスープを飲むのがやっとで、足元もおぼつかないくらいに消耗していた。だから、店主のありがたいねぎらいに対しては、応じるような元気すらなかった、というのが正直なところだ。

それに、ただ疲弊するだけではなく、「断罪ユディキウム」の後は、次の朝まで「星の裁決スターリー・ディクリー」自体が使えず、「星芒の秩序ステラ・オルド」は単独では発動できないから、私の身を直接守るものは何もなくなってしまう。「断罪ユディキウム」のスキルは極めて強力なだけに、その反動も著しく大きい。さらにさっきのように「執行コンプレ」までつければ、まさに今の私のように、激しい睡魔にさえ襲われる。

だから、できるだけ「調和ハルモニア」の段階で争いを止めたいのだが、なかなかそうもいかない。今日のような本当にどうしようもないただのケンカでさえ、つい「断罪ユディキウム」に頼ってしまう。


それでも鉛のように重たく感じる身体を引きずるようにして、自室に何とか戻るが、疲労が極限まで来ている。今はとにかく眠りたい、ぐっすりと、朝まで。

窓からは月光が差し込み、柔らかな銀の輝きを落とす。なぜか、その光を見ると、極限に達した疲労がわずかではあるけれど和らぐような気持がして、それでいて胸がドキリとする。まるで、誰かが私を待っているような、そんな気がして、さっき髪から外していた星型の髪飾りに、そっと触れる。


「ミラ…?」

私が知らない名前が、ふと頭に浮かぶ。いや、違う、ただの気のせいだ。それほどまでに私はつかれていて、ほどなく深い眠りに落ちる。

その柔らかい月光に、包まれながら。

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