オレンジに溶ける

yoizuki

第1話


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オレンジに溶ける


1. 告白編(オレンジ視点)



彼には心に決めた女の子がいる――。


それを知っていて、私は告白する。


目的は、ただ失恋するためじゃない。

私を選ばなかったことを、一生、後悔させるためだ。


全て計算する。

彼を見つめる眼差し、今にも溢れそうな涙、震えながらも気丈に紡ぐ声――

その一つひとつが、彼の記憶に焼き付くように。


けれど、声が喉の奥で揺れた瞬間に、

予定にない言葉が舌先に浮かんだ。


「……振られるのは分かってるよ。だから平気。

 ダイジョブ、ダイジョブ……」


自分に言い聞かせるように。

彼に言い訳するように。

そして、ほんの少しだけ強がって。


そのあと、本命の言葉を吐き出す。


「……好き」


言った瞬間、喉がひりついた。

自分自身の奥底から零れた声の色に、自分でも戸惑う。


――この声色だけは計算外だ。


心の中ではこう思う。


(この告白が終わったら、もうあなたなんか見向きもしない)


だけど。


だけど、忘れられないでしょ? 私を。


オレンジ色の髪が夕日を受けて揺れる。

その色ごと、この瞬間ごと、彼に焼き付けるために。


彼は困ったように目を伏せ、「ごめん」と言った。


想定通り。なのに、胸の奥で何かがちぎれる。


一瞬だけ痛みが走ったけれど、すぐに笑顔で飲み込んだ。


(私を振るなんて――ほんっとうにバカな男)


胸の奥でひっそりつぶやく。

泣きそうなのをごまかすために。

そして、彼に一生消えない後悔を残すために。



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2. 卒業前の最後の会話(彼視点)




卒業が近づいた頃、俺はようやく

片想いしていた“意中”の彼女と付き合い始めた。


「あ、あの……!」


放課後の校門近くで背後から呼び止められる。

振り返ると、オレンジ色の髪が夕日に透けていた。


「やっと付き合ったんだって? おめでとう」


作り物みたいに綺麗な笑顔。

だけど、どこか張りついた芝居みたいで、少し胸がざわつく。


「あ、ああ……ありがとう」


俺が視線を逸らすと、

彼女はわざと距離を詰めて、小さな声で囁いた。


「私はさ……愛人でもよかったのに」


心臓が跳ねた。

彼女の言葉はいつも軽いようで、どこか危うい。


その瞬間、彼女はくるっと背を向けた。

肩がふるりと揺れる。


笑っている……そんな気がした。


「来世は一緒になろうね♡」


冗談みたいに明るく言うのに、声だけは妙に本気だった。


「お断りだ」


反射的にそう返す。

そうすることでしか、自分を守れなかった。


それでも彼女は振り返らない。

遠ざかる背中のまま、ぽつりと呟いた。


「……ほんっと、バカな男。

 私を振るなんて、ありえないでしょ(笑)」


軽い笑い声が夕日に溶ける。

でも、その中にこぼれるような本音が混じった。


「いいよ? 彼女さんに全部あげる。

 声も、笑顔も、体温も、手も。

 ――でもね、“心”だけは私の物だから」


一瞬、風が止まった気がした。


振り返らないその横顔は見えなかったけれど、

俺はなぜか確信した。


きっとあれは、作り物じゃなくて。

 一秒だけ、本当の彼女だった。


――その言葉が、卒業してからもずっと頭を離れない。



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3. 二年後(彼視点・夢)



夢を見ていた。


夕暮れの校舎裏。

あの日と同じ光の角度。

オレンジ色の髪が風に揺れ、彼女はなぜか少しだけ笑っていた。


その笑い方を見た瞬間、胸がきゅっと縮まった。


——ああ、まただ。

また俺は、あのときみたいに心を掴まれてる。


彼女は、何気ない仕草のひとつひとつで、

俺の世界を一瞬だけ広げてしまう人だった。


「……ずっと、あなたの特別な存在でいたい」


そんな言葉、現実では聞いたことがない。

それでも、夢の中では確かに“彼女の声”として響いていた。


胸が痛いほど、自然に。


――忘れられるわけ、ないだろ。


そんな確信だけが、ひどく鮮明だった。


俺は返事をしようとする。

言葉が喉まで来ているのに、どうしても声にならない。


伸ばした指先は、空をすり抜ける。


彼女は光の粒みたいに滲んで、

風に溶けるみたいに消えていった。


その瞬間、目が覚めた。


枕元には何もない。

ただ胸の奥にだけ、

「もう二度と出会えない種類の感動」を残した少女の残響だけが

まだじんわりと熱を帯びていた。


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4. 朝の余韻(彼視点・現実)




目が覚めると、天井に差し込む柔らかな光が目に痛かった。

隣から聞こえる規則正しい寝息が、ここが現実だと告げてくる。


彼女――今の恋人は、寝返りを打ちながら小さく唇をすぼめた。

その仕草に、愛しさと安心を覚える。

この温もりが、自分の選んだ幸せの形だと知っている。


なのに――胸の奥で、さっきの夢の声がまだ響いている。

「ずっと、あなたの特別な存在でいたい」


不意に、胸の鼓動が早くなる。

目の前の彼女を抱きしめたいのに、腕が動かない。

彼女の髪色は落ち着いた栗色なのに、

瞬きの合間に、淡く揺れるオレンジ色が過る。


息を吐き出す。

その残像を振り払おうと、強くまぶたを閉じた。


――忘れろ。


そう心の中で命じても、耳の奥にあの囁きが残っている。

まるで、夢と現実の境界に薄く貼りついて離れないフィルムみたいに。


彼女が目を覚まし、笑顔で「おはよう」と言ったとき、

俺は微笑み返しながらも、その声に重なる別の声を聴いていた。

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