第3話 彼女の『呪い』は、誰にも与えられなかった愛だった
翌日。僕は朝食の席で、ルナの異常なまでの過保護を再び体験することになった。
「アキラ様、お口に合いますでしょうか? このパンは、特別に焼かせたものですわ」
ルナは僕の隣に座り、僕がパンを一口食べるたびに、不安げに僕の顔色を窺う。僕が少しでも美味しそうに食べていると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。その表情は、僕が今まで見てきたどんな感情よりも、純粋で、そして脆く感じられた。
「美味しいよ、ありがとう」
僕がそう言うと、彼女は花が咲いたように笑った。その純粋な笑顔に、僕は少しだけ居心地の悪さを感じていた。彼女の笑顔は、僕という存在に完全に依存しているのだとわかっているからだ。
食事を終えた後、僕はルナにこの世界のことを色々と尋ねてみた。彼女がこの屋敷に引きこもっている理由を知りたい。そして、それが僕が元の世界へ帰るための、唯一の手がかりだと感じたからだ。
「ルナは、この屋敷の外には出ないの?」
僕の問いに、ルナは寂しそうな目で答えた。
「はい。小さい頃に一度だけ、街に出たことがあったのですが、その時に魔力暴走を起こしてしまいまして…」
彼女が語るには、その日、街は彼女の暴走した魔力によって甚大な被害を受けたらしい。建物の壁は崩れ、地面には巨大なクレーターが刻まれた。人々は恐れ、悲鳴を上げて逃げ惑った。彼女は、自分を「勇者の子孫」と呼んでくれていた人々の目が、一瞬にして恐怖と憎悪に変わったことを、昨日のことのように鮮明に覚えていると話した。
「それから、私は『呪われた勇者の子孫』として、皆から遠ざけられるようになりました。私の父や母、そして使用人たちも…皆、私を恐れ、忌み嫌うようになったのです」
ルナは涙を流しながら、過去の辛い経験を語ってくれた。彼女が僕に異常なまでに執着するのは、彼女が誰からも愛されず、孤独に生きてきたからなのだとわかった。彼女のヤンデレは、誰にも与えられなかった「愛」を、僕に求めているだけの、純粋で、そしてとても脆いものだったのだ。
僕の頭の中には、彼女の言葉を裏付けるように、新たな情報が表示されていた。
【ルナ・エルメシア】
【状態:孤独からくる精神的疲労】
【特記事項:アキラ・ナカノに強い精神的依存を示している】
彼女のヤンデレな行動は、単なる歪んだ性格からくるものではなく、深い孤独と絶望が生み出した、彼女なりの生存戦略だったのだ。誰かに愛されたい、誰かに必要とされたい、ただそれだけの純粋な願いが、形を変えてしまったのだ。
「大丈夫。僕がいるから」
僕はルナの孤独に寄り添うように、彼女の頭を優しく撫でた。その言葉は、僕が元の世界へ帰るために、彼女の心に付け込んだ、偽りの言葉だった。それでも、僕の言葉を聞いた彼女は、驚いたように顔を上げた。彼女の瞳は、僕への依存を深めると同時に、確かな信頼の色を帯び始めていた。
その瞬間、僕の頭に別のクエストウィンドウが浮かび上がった。
【クエスト:ルナの心を癒せ】
【達成条件:ルナ・エルメシアに真実の愛を与える】
このクエストを見て、僕は心臓がドクリと跳ねるのを感じた。
真実の愛?
僕は彼女に、真実の愛を与えることができるのだろうか? 僕の目的は、元の世界に帰ることだ。そのためには、このクエストを達成する必要がある。だが、僕が彼女に真実の愛を与えたら、本当に元の世界に帰りたいと思うだろうか?
僕は元の世界に帰るという目的のため、彼女の孤独を利用している。彼女のヤンデレを、自分の安全を確保するための手段として受け入れている。それは、偽善と呼んでも差し支えない行為だ。
それでも、僕が彼女を抱きしめた時、僕の心の中には、微かな葛藤が芽生えていた。
僕たちは、お互いの弱さにつけ込み、歪な共依存を築き上げていた。しかし、その関係の先に、本当の「愛」が芽生える可能性も、否定することはできなかった。彼女の孤独と僕の目的。その二つが交差するこの場所で、僕たちの物語は、ゆっくりと、だが確実に動き始めていた。
これは、僕が元の世界に帰るための、そして彼女が孤独から解放されるための、歪で甘いラブコメディ。そして、その結末が、僕たちの望む通りになる保証は、どこにもなかった。
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