第19話 最愛の貴方を諦めたくない② SIDEエヴァルト



「やはり、スフィア嬢の育った環境は、あまりいいものではないらしい」


 医務室の外で、アンテルムが顎に手を当て、考え込む。少しだけ開かれた扉から中を覗くと、ベッドでぐっすりと眠るスフィア嬢がいた。倒れた時より顔色は良く、睡眠不足と言う言葉に大きな病気ではなかったと安心するものの、その後続いた栄養不足という言葉が頭から離れない。


 王家には、スフィアの家のことをもう伝えてある。でも、彼女の家がどう変わるのか知る前にアカデミーに入学して、さらに彼女は寮生活になった。寮に住んでいることは安心できるけど、アカデミーは夏と冬に休暇があると聞く。ただ、こうなっている以上、家に帰されることはないだろう。


 アカデミーの中にも、魔物が入ってくる。この場所では、勉強や教師の研究過程で貴重な魔石を使ったり、禁術級の魔術の資料を置くことで、その敷地全体には結界が貼られている。


 侵入者を阻むどころか、魔術を使用した場合は衛兵に連絡が行く仕組みだ。魔物は強ければ強いほど、獣や人形からは逸れた形になるから、あの魔物は低級と言っていい。小説だけの知識を鵜呑みにするのであれば、あの魔物がアカデミー内に入り込むことはおかしい。


「じゃあ俺は、報告に行ってくる」

「我も少し用事がある」

「僕も、調べ物があるから」


 レティクスとアンテルムと別れ、一人廊下を歩いていく。


 僕は、ローブの懐に入れていた本に触れ、ここ最近ずっと、読み続けているページを開いた。


 ――四十九代目聖女は、歴代の聖女の中で最も明るく聡明でした。しかし、未来を予知する千里眼を所持し、なおかつ歴代の聖女よりも魔力が強かったこと、王太子の婚約者による策略により、偽物の魔女として処刑されてしまいました。


 他のページには、魔物との戦いの途中、自分の身を犠牲にして世界を救った聖女や、戦いには勝ったものの、倒れた国民、騎士団を蘇生すべく命を捧げた聖女の物語が、美談であるかのように記されている。


 まるで、今後同じ状況に陥った時、次の代の聖女に選択を強いるように、国に尽くし、死ねと言うように。


 この本は、なんとなくスフィア嬢に興味をもって、聖女について調べてみようかな、なんて軽い気持ちで手にとったものだ。けれど、まったく看過できないことばかりが記されている。


 国民のせいでスフィア嬢が犠牲になる。それだけは避けなければいけない。僕は魔災のページをなぞり、ふと、アンテルム王子が僕ならば魔災をコントロール出来るかも知れないと期待したことを思い出した。


 魔災をコントロールして、「今代だけはなんとか発生しない」ようにするか。それとも……魔災の力を、手に入れるか。



 はやく、魔術の研究を始めたほうがいい。アカデミーの教師陣の中で協力者が必要だ。


 最も適した人物は、生徒を教育したいという意欲はなく、魔術研究にだけ興味がある人だ。そうしたら、命に関わる研究も協力してもらえる。


 かといって、アンテルムも、ラングレンもレティクスも、期待できない。人質が出来たからなんだ。目の前の聖女を優先させるべきなのに、攻撃の手を緩めた。


 僕は人間ごと魔物を焼き殺すつもりだった。ただ、スフィア嬢が魔物にあまりに近すぎたから、火力を調整しただけで。


 どうしたものかと考えながら、入学式が開かれる講堂へ足を進める。


「はい。スフィア・ファザーリの監視について問題は……ないです。同じ寮に住み、奥の部屋も確保しました。音声も伝達魔法でそちらに常時発されています」


 聞こえてきた名前に、自然と踵を返した。声のする方を辿っていくと、ラングレンが丸い鏡に話しかけている姿が視界に入った。


『監視を怠るな。あれの力がハッタリであればすぐに聖女の座から引き摺り下ろせる』

「キーリング宰相、その件についてですが……」

『なんだ』

「聖女は、光の力を保有しているようです。今日の魔物の出現で、実際にその力を見ました」

『……それは本当か? 間違いではないのか!?』

「はい……」

『分かった。魔物の出現についてこちらも調査中だ。お前は王子を護衛し、スフィア・ファザーリの監視を続けろ』

「はい」


 ラングレンは持っていた鏡を懐にしまう。キーリング宰相は、スフィア嬢を聖女の座から引きずり降ろそうとしているのだろうか。そして、ラングレンは、彼女に嫌悪を抱いているように思えてならない。


 ――実験をするとしたら、彼か。


 僕は気づかれぬよう、そっとその場を後にして、入学式の会場ではなく魔法学の準備室へと向かっていった。

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