第3話

 それから数日間、僕は他の患者たちとの会話に注意深く耳を傾けるようになった。


 リハビリテーション室で会った別の患者は、松葉杖の練習をしながら小声で言った。


「点滴の音を数える時はね、17で止めなきゃいけないって聞いたよ。18まで数えたら……」


 その人は最後まで言わなかったが、意味はわかった。


 検査待ちの時に隣に座った老人は、震え声で話してくれた。


「自宅までの道を頭の中で辿る時、途中で『あの角を曲がったらどこだろう』って思っても、絶対に想像で曲がっちゃいけないって話がある」


 エレベーターで一緒になった中年の女性患者は、


「なぜか頭に浮かんだ知らない人の名前を、心の中で3回呼んでしまったら……」


と言いかけて、急に口を閉ざした。


 同じ病室の別の患者は、夜中に小声で教えてくれた。


「『もし家族が事故に遭ったら』なんて不安を考え始めたら、すぐに『大丈夫』って3回言わなきゃいけないらしい。でないと……」


 みんな違うことを言う。

 でも共通しているのは、長い入院生活で「ふと考えてしまう」ことばかりだった。

 天井を見上げる時間、点滴の音を聞く時間、帰宅を想う時間……そんな何気ない瞬間が、いつの間にか呪いになってしまう。


 僕は集めた情報を頭の中で整理した。


【ハザマさんの出現条件】


・天井のシミを49まで数える

・点滴の音を18まで数える

・自宅への道を想像で歩いている時、脇道に入る

・知らない人の名前を頭の中で3回呼ぶ

・家族の不幸を想像した時、打ち消さない


 そして、ある夜、僕は山田さんにその話をした。


「山田さん、ハザマさんの話なんですが」


「どうした?」


「山田さんは天井のシミの話をしてくれましたけど、他の患者さんたちはもっといろんな条件を知ってるんです」


 僕は山田さんに、集めた噂を一つ一つ詳しく説明した。


 山田さんは最初は興味深そうに聞いていたが、だんだん顔色が変わってきた。


「点滴の音?……数えたことがあるかもしれない。でも18まで数えたかどうか、覚えてないな」


 山田さんは頭を抱えた。


「自宅への道を想像で歩くのも……時々やるが、脇道に入ったかどうか……」


「知らない人の名前は?」


「……覚えてないな」


 山田さんは混乱していた。


「家族の不幸を想像することもある。でも『大丈夫』って打ち消したか……わからない」


 山田さんは僕を見つめた。


「一体、どの条件が本当なんだ?全部必要なのか?それとも一つでも十分なのか?」

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