第2話
その夜、足の痛みで目が覚めた。
トイレに行くために松葉杖を取った。
病室は夜間照明で薄暗く、同室の患者たちは皆眠っているようだった。
廊下に出ると、さらに暗い。
夜勤の看護師はナースステーションにいるようで、廊下には誰もいない。
僕は松葉杖をつきながらゆっくりとトイレに向かった。
その時、奇妙な音が聞こえてきた。
カタカタ
靴底を引きずるような音。
音の方向を見る。
非常口表示灯により、緑色に照らされる廊下の突き当たり。
人影があった。
患者服を着た人が、後ろ向きでこちらに歩いてきている。
顔は見えないが、その歩き方は明らかに人間のものではなかった。
関節が逆に曲がっているかのような、不自然な動き。
身動きができなくなった。
松葉杖を持つ手が震えている。
人影はゆっくりと近づいてくる。
カタカタ
音が段々と大きくなる。
僕は慌てて病室に戻り、引き戸を閉めた。
心臓が激しく鐘打っている。
ベッドに潜り込んで布団をかぶる。
外からは、あの不気味な足音が近づいてくるのが聞こえた。
カタカタ
音が止まった。
息を殺して、じっと待った。
壁の向こうから声が聞こえてきた。
「ろぅちぃぁう……ろぅちぃぁう……」
僕は恐怖で体が震えた。
声に出してはいけない、と佐藤看護師が言っていた。
「ろぅちぃぁう……ろぅちぃぁう……」
僕は布団の中で震えていた。
何かが部屋の中を見回しているような気配がする。
そして、枕元で囁くような声が聞こえた。
「ろぅちぃぁう」
その瞬間、僕の意識は途切れた。
◇
「君、大丈夫か?昨夜はうなされてたようだが」
朝、目が覚めると隣の山田さんが心配そうに声をかけてくれた。
「うなされてました?」
「ああ、『やめて』とか『来ないで』とか言ってたぞ」
僕は昨夜のことを思い出した。
あれは夢だったのだろうか。
でも、あまりにもリアルだった。
「君、高校生かい?」
山田さんは60代前半くらいに見えた。
がっしりとした体格で、話し方には訛りがありで、人懐っこい笑顔をしていた。
「はい。高二です」
「名前は?」
「田中翔太です」
「俺は山田一郎だ。少しの間だがよろしく頼む」
山田さんは膝の人工関節置換術で入院していた。
長年の建設現場での仕事で膝を痛め、ついに手術することになったのだという。
「翔太くん、看護師に変な注意されただろ?」
「はい、振り返るなとか、返事をするなとか」
山田さんは辺りを見回してから、声をさらに小さくした。
「この病院にはね、出るんだよ。幽霊」
僕は息を呑んだ。
昨夜見たあの人影のことが頭をよぎる。
「『ハザマさん』が出るんだ」」
「ハザマさん?」
「ああ。10年くらい前に、ここで亡くなった患者でな。看護師たちは表向きは否定してるが、患者の間では有名な話だ」
山田さんの表情が暗くなった。
「そして、ハザマさんには、出てくる条件がある。気をつけろ。絶対にやっちゃいけない」
「条件?」
「眠れない夜に天井のシミを数える時、48まで数えたら、絶対に49を数えちゃいけないって話だ」
山田さんは震え声で続けた。
「もし49まで数えてしまったら……ハザマさんが来る」
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