×××してはいけない

shiso_

第1話

 体育館に響く靴音と、バスケットボールが床を叩く規則正しい音。

 3月の練習試合は、いつものように熱気に包まれていた。


 田中翔太は身長は165センチと決して高くないが、機敏な動きが持ち味のガードだった。

 この日の相手は強豪校。

 負けるわけにはいかない大事な試合だった。


「翔太、リバウンド頼む!」


 キャプテンの掛け声が聞こえた。

 相手チームのシュートがリングに弾かれ、懸命に跳び上がった。

 ボールに手が届く瞬間、相手の選手と空中で接触した。


 バランスを崩した体は、重力に従って床に向かって落下していく。


 着地の瞬間、左足首が「バキッ」という音を立てて、あり得ない方向に曲がった。


 痛みが走る前に、まず驚愕があった。

 自分の足が、人間の関節では不可能な角度になっている事実に、脳が追いつかない。


 そして次の瞬間、激痛が全身を駆け上がった。


 自分の声だとは思えないほど大きな叫び声が、体育館に響いた。

 痛みで視界が白くなり、意識が遠のきそうになる。


「翔太!」

「先生!大変です!」

「救急車!誰か救急車呼んで!」


 チームメイトたちの声が遠く聞こえた。

 顧問の先生が僕の肩を支えてくれているのがわかったが、痛みで何も言えない。


    ◇


 救急車で運ばれたのは、市街から少し離れた場所にある病院だった。

 古い建物だったが、清掃が行き届いており、スタッフの対応も丁寧だった。


「左足首の複雑骨折ですね。手術が必要です」


 医師の説明によると、完治まで最低でも3ヶ月はかかるという。

 両親は心配そうな顔をしていたが、僕自身はむしろホッとしていた。

 正直、最近の練習はきつく、少し休めることに安堵を感じていたのだ。


 手術は成功し、僕は4人部屋の病室に入院することになった。


    ◇


 翔太が入院したのは4階の整形外科病棟の4人部屋だった。

 窓からは病院の中庭が見え、桜の木が美しく咲いていた。


「こんにちは、田中くんですね」


 声をかけてくれたのは、担当の看護師だった。

 名札を見ると「佐藤」と書いてある。30代くらいの女性で、優しそうな笑顔をしていた。


「手術お疲れさまでした。何か困ったことがあったら、いつでもナースコールを押してくださいね」


 佐藤看護師の説明は丁寧で、薬の飲み方から食事の時間、面会時間まで詳しく教えてくれた。


「あと」


 佐藤看護師は最後に付け加えた。


「夜中はトイレに行く時も必ず室内履きを履いてください」


「はい」


「それから、廊下で誰かとすれ違っても、振り返らないでください」


 背筋がゾクリとした。


「もし深夜に自分の名前を呼ぶ声が聞こえても、返事をしてはいけません」


「どうして……」


「安全上の問題ですので」


 佐藤看護師は曖昧に微笑んだ。


「田中くんはまだ高校生だから、早く治って学校に戻りたいでしょう?」


「はい、でも今は治療に専念します」


「その通り!大怪我をした時は、そういう前向きな気持ちが一番大切なの」


    ◇


 佐藤看護師だけでなく、他の看護師の方々も皆親切だった。

 薬を持ってきてくれる時も笑顔で接してくれるし、検査の説明も高校生の僕にもわかりやすく話してくれた。


 同じ病室には、あと三人の患者がいた。

 いずれも穏やかそうな、年配の男性患者だった。

 その中の一人が、山田さんだった。

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