亡国の姫は、隣国の静謐王子に甘やかされる
Tsuyuri -露-
【序章】前編 ~精霊の祝福~
薄紅色の陽光が差し込む王宮の中庭。
そよ風に揺れる草花の合間を、淡い光の粒がふわりと漂っていた。
普段は森の奥に姿を見せるはずの精霊たちが、この日はまるで引き寄せられるように集まっている。
「……珍しい。こんなにたくさん来るなんて」
淡い霧のようなミスティ・ブロンドの髪が風に揺れる。
陽光を受ければ金のきらめきを帯び、朝露のように儚く輝いた。
その下でペリドット色の瞳がやさしく細められ、光を映すたびに森の若葉のような瑞々しさを宿す。
刺繍の施された薄布のドレスがふわりと広がり、胸元にはフェルディナ王家の紋章をあしらった小さなブローチが光を受けてきらめいていた。
その少女――イエレナは、そっと指先を伸ばした。
触れた光の粒は、くすぐったそうに揺れ、ふわりと舞い上がる。
その様子に彼女は自然と微笑みを浮かべる。
「明日が式典だから……精霊たちも集まってくれたんだね」
その微笑みに応えるように、光の粒たちはふわりと舞い上がり、静かに空を渡っていく。
中庭の片隅では、侍女と護衛が遠巻きに彼女を見守っていた。
「イェナ、ここにいたのか」
背後から響いた落ち着いた声に振り返ると、そこには兄アズベルトの姿があった。
王家の紋章を織り込んだ緋色の外套をまとい、やや赤みを帯びたホワイトブロンドの髪が陽光に淡く揺れる。光の角度によっては淡い琥珀色を帯び、風に靡くたびに柔らかな輝きを零していた。
「アズ!」
ぱっと花が咲くように表情を明るくしたイエレナは、小さな精霊の光に囲まれながら駆け寄った。勢いのまま胸元へ飛び込んだ妹を、アズベルトは当たり前のように片腕で抱き留める。
外套越しに伝わる確かな温もりと、自然に受け止める仕草に、彼の優しさと頼もしさがにじんでいた。
若葉のように澄んだペリドットの瞳は、妹と同じ色。
端正な顔立ちは凛々しく整っているが、十九歳という年齢の幼さをわずかに残し、それがかえって未来の王としての清新さを際立たせていた。
「明日が成人の儀だというのに……また精霊と話していたの?」
声色には呆れを含ませつつも、どこまでも優しい。
「遊んでないよ。……ちょっと、お話してただけ」
「まったく……お前らしいね」
小さくため息をつきながらも、その声音は柔らかかった。
アズベルトは懐から小さな箱を取り出すと、そっと銀の細工が施された蓋を開いた。
中には淡い青の宝石を嵌め込んだ、繊細な意匠のペンダントが静かに収められていた。
「……なに?これ」
イエレナが小首を傾げると、アズベルトは微笑みを浮かべながら差し出す。
「成人の祝いに。……護石が入っている。妖精の保護魔法もかけてあるから、きっとお前を守ってくれる」
そう言って、彼は自らの手でイエレナの首にペンダントをかけてやった。
冷たい金属が肌に触れた瞬間、胸の奥にじんわりと温もりが広がる。不思議な安心感に包まれて、イエレナは目を瞬かせる。
宝石が淡くきらめくと、その光に呼応するように周囲の精霊たちがふわりと集まり、妹を祝福するかのように舞い踊った。
光粒が花びらのように舞い降りる中、イエレナはうっとりとその輝きを見上げる。
「……綺麗。ありがとう、アズ」
その笑顔に、アズベルトもまた静かな満足をにじませ、優しく頷いた。
「大切にしろよ。……お前は、フェルディナの“希望”なんだから」
イエレナは頬を染め、くすぐったそうに笑みをこぼす。
──けれど、このときの彼女はまだ知らなかった。
このペンダントが、やがて命を繋ぐものとなることを。
そして、この夜が――すべての終わりの始まりになることを。
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