『知らないうちに、好きにされてた』

鈑金屋

第1部「妹の指摘」

 日が傾き、放課後の教室はもう人気がなかった。

 黒板に反射する夕陽の線が、机の上に長く伸びている。

 同じ制服、同じ長さの髪、同じ声。

 双子の姉妹、こよりとひまりは、並んで帰るのが日課だった。


「んー、今日も疲れたー」


 ひまりが大きく伸びをしながら、教室を出る。

 それを横目に見ながら、こよりは制服の襟を整えた。

 彼女たちは見た目も声もそっくりだが、性格はやや違う。

 ひまりのほうが飾り気がなく直球で、こよりはほんの少し大人びて見える。


 二人で靴を履き替え、下駄箱の前で鞄を持ち替えると、

 無言のまま歩き出す。帰る道も、会話のリズムも、決まっている。


 ……はずだった。


 その日は違った。


「お姉ちゃんって、胸おっきくなった?」


 ひまりが突然、歩きながらそう言った。


「……は?」


 唐突すぎる質問に、こよりは目を瞬かせる。


「いや、だから。おっぱい。バスト。チチ。なんか最近、私よりおっきくなってない?」


 こよりは制服の前を見下ろし、特に意識もせずに「そうかな」と返した。

 ひまりは眉をひそめたまま、ジト目で姉の胸元を見つめてくる。


「絶対。前は一緒だったのに。今は……なんか、こう、服の張り方が違う」


「服の張り方……?」


「パツパツっていうか、もっちりっていうか……生きてる感じ」


「それ服じゃなくて中身の話じゃん……」


「だよね! やっぱ中身が変わってるんだよ!」


 妙にテンションが上がってきたひまりに、こよりは苦笑する。


「でもさ、双子って、成長もだいたい同じなんじゃないの?」


「うん。でも違ってきた。しかもここ数ヶ月で急に……」


「……そんなに見てるの?」


「毎朝毎晩見てるよ。私と同じかどうか、チェックしてるから」


「こわ……」


 ひまりは真剣そのものだった。

 家に着くまでの道のり、ずっとこよりの胸の話をしていた。


 ⸻


 自宅に戻り、制服を脱いで部屋着に着替えるタイミングで――

 その“事件”は、再び起こった。


「ねえ、こっち来て」


 ひまりが自分の部屋にこよりを呼び入れる。

 仕方なく入ると、目の前には鏡の前に立つひまりがいた。


「このタンクトップ、私が着ると余裕あるのに、お姉ちゃんが着るとパツパツなんだよ」


 そう言って、こよりの胸元に手を添えてくる。

 当然のように、柔らかい感触が指に触れた。


「やっぱり……おっきくなってる」


「ちょ、ちょっと触りすぎ!」


「今、検証中だから!」


 ぐいぐいと押し込んでくる手のひらに、こよりが後ずさる。


「絶対誰かに揉まれてる」


「え、誰って……何それ……」


「だって、そういう都市伝説あるもん。揉むと大きくなるって」


「じゃあ、私が自分で揉んでたってこと?」


「それか、誰かに……触られてるとか」


「誰よ」


「それは……ほら、放課後とか、教室に残ってる誰かとか、もしかして委員長とか……」


「委員長⁉ なぜそこで委員長……」


「だってこの前、手、触ってたでしょ?」


「手を引っ張られただけだよ! ホワイトボード消すの忘れてただけで!」


「でも、タイミングとして怪しい」


「何のタイミング……?」


 こよりは思わず天を仰いだ。

 一方のひまりは、さらに真剣な顔で呟いた。


「よし、今日のお風呂で確認しよう」


「確認……?」


「さわって、ちゃんと、検証する。育ってるなら、どこがどう育ってるのかを――」


「検証って言えば何でも許されると思ってない……?」


「だってお姉ちゃんの体だもん。私の体でもあるでしょ、双子なんだから」


 こよりは絶句する。

 どこまで本気なのか――いや、本気なのだ。


 その夜、お風呂場で何が起きるか。

 こよりは自分の胸を押さえながら、ため息をついた。


 ⸻


 夕食を終え、こよりはリビングで読書をしていた。

 ソファにもたれ、膝にブランケットをかけていると、

 脱衣所からパタパタと足音が近づいてくる。


「こよりー、お風呂、準備できたよ」


「……うん、行くね」


 洗面所でバスタオルを手に取ると、鏡の中の自分が映った。

 その胸元を、つい見てしまう。

 たしかに……少し大きくなった気がしないでもない。


“揉むと大きくなる”――それが本当だとしたら、

 一体、誰のせいで……?


 こよりは頬を赤らめながら、バスタオルを強く握りしめた。


 そして、扉の向こうでは、

 妹がすでに湯船につかりながら、自分の手をぷにぷにと準備運動していた。


「検証の時間だよー」


 姉の胸の成長を巡る、小さな疑惑は、

 湯気とともに、今夜、ゆっくりと形を変え始める――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る