第7話 いらんこと言うな森の民め

 うーん、どうしてこうなった……。


 白と金――特級の美少女が向かい合う光景は幻想的だけど、漂う雰囲気がぜんぜん可愛くないよ。


「――ハクキ、と言いましたね……! では、改めての確認です。この勝負に私が勝てば、あなたはルウさんに付きまとうのを辞める……それでいいんですね」


「うん、いいぞ別に。わたしが負けることないしなー。ルドルフが森の民――フレンの執心を買っちゃったなら、最初に力の差を見せとかないと」


「……その余裕。いつまで保つか見ものです……!」


 めちゃくちゃ勝手に話進んでる。


 互いに敵視に近い感情は持ってるみたいだけど、特にフレンさんのほうがすごい。なんでそんなに師匠のことを?


 ぜったい止めても無駄だろうけど一応……。


「あのー。あんまり危ないことしないほうがいいんじゃないですか? 街の外ですし……」


「――では。魔力の球を打ち上げるので、弾けた瞬間に開始とします」


「わかった。ズルするなよー」


「誰がそんなことを! エルフは誇り高い種族です。正々堂々、私の魔法で打ち砕いてみせます……!」


 この人らなんも聞いてないし……。


 そうして、フレンさんはさっさと魔力で光球を作ると、空に向けた手のひらから打ち上げてしまった。


 ひゅるるる、と。みるみる上空へ上っていく魔力の塊。


 そして次第に上昇速度が緩やかになり、やがてある高度で静止した次の瞬間。


 ――パァン、と弾ける音と同時に。


「【破滅の風】……!」


 フレンさんの前に浮かぶ魔法陣から、飛竜に使ったのと同じ黒い風が吹き出した。


 ちょっと遠慮なさすぎでしょフレンさん……。あんなの普通の人が喰らったら一発で致命傷だよ。


 でもまあ、師匠なら。


「ほい、【金剛鎧】」


 相変わらず、目にも止まらぬ仙術の発動だ。極めて純度の高い丹をまとって、師匠の全身に見えない鎧ができあがる。


 そして、一歩も退かずに黒い風を受け止めて――


「――なっ!? 禁忌の魔法を受けて……無傷!?」


「内丹術は魔法につよい。神仙の丹を突破できる魔法はまだ見たことないぞ」


「タンジュツに、シンセン? わけの分からないことを……ッ!」


 おお、フレンさんめげない。次の魔法か。


「もっと貫通力を上げれば……! 【破滅の】――【矢】と【槍】!」


 さっきの風を固めたみたいな、真っ黒の矢と槍。たしかに風の時より密度も高くて強そうだけど……。


「形変えただけじゃ効かない〜」


 全部、一歩も動かない師匠の体に当たって霧散する。


 フレンさん、めっちゃ歯噛みしてるよ。


「だから言ったんだ、わたしが負けることはないって。――じゃあ、次はわたしからな」


「な……っ! 速い……!?」


「はいパンチ」


「くううう……!」


「おお、とめた。じゃあキック」


「っきゃあ!」


 うわあ。師匠、容赦ない……。


 いまだになんの獣人か知らないけど、素でめちゃくちゃ身体能力高いんだよね。内丹による筋力の強化なしであれなんだから、理不尽にもほどがあるよ。


 でも、フレンさんの方もだいぶ耐えてる。身体強化魔法に魔力突っ込みまくってるみたい。


 とはいえ、これは……。


「いつまでもつかな」


「く、う! 舐めないでください! 私はルウさんにためにも……! きゃっ!」


「ほら、もう身体強化以外できてない。こんなのでルドルフのこと守れるか?」


「ルウさんを守れるのは私しかいないんです……ッ! 他者の魂に干渉するような非道な者に、負ける、わけには……!」


「……」


 いまなにか、気になることを。そういえばフレンさんさっきも言ってたな。俺の魂がどうとかって。


 ……もしかして師匠、俺に無断でなにかやりました?


「……ギクリ」


「ギクリて。というかその反応、やっぱり……。心も読まないでくださいって!」


「まあ、おちついてルドルフ。いまわたし、戦ってるとこだし!」


「――よそ見なんて! その余裕、忌々しい……ッ!」


 うーん、温度差が。


 師匠は余裕綽々でフレンさんの打撃をさばいて、逆に強烈な一撃を防御の上から叩き込んでる。


 俺が師匠に指導受けてる時を思い出すよ。


「くっ……! こんな、これほど力の差が!? いったいあなたは何者なんですか!」


「ただの仙人」


「仙、人? なんなんです、それは……ッ!」


「魔法とはちがって自然の力を利用する技術で、只人より自然に近づいた存在だ。森の民にはむずかしいかな……」


「バカにして……! そんなの、聞いたことがッ、く……!」


 ちょっとずつフレンさんの体に傷が増えていく。


 力の差は明白なのに、師匠、わざと勝負を付けてない? いったいなんの狙いが。


 そう、思ったその時。


 師匠は絶え間なく攻撃していた手を止めると、おもむろに呟いた。


「もうわかった? フレンは、わたしに勝てない」


「この……ッ。まだ、勝負は!」


「誰が見ても明らかだなー」


「ッ!」


 フレンさんは認めないけど、正直師匠の言う通りだ。


 師匠がその気になれば、フレンさんにエルフお得意の魔法すら使わせる暇を与えない。その上、師匠まだだいぶ手を抜いてるし。


 フレンさんに勝ち目はない。


「――とりあえず、力の差を見せつけるのはこれでいっか。でもまだ、これじゃ心は折れてないな……。ホントに効くのは、ルドルフのこと――」


 ん? 師匠、なにか呟いてる?


 この距離では聞こえず、口が動いたのが見えただけ。ちょっと不穏な雰囲気を感じた。


 もしかしたら、俺より師匠と近いフレンさんには聞こえてたのかもしれないけど。


 でも、そのフレンさんは――。


「馬鹿に、して……! まだ終わっていません! ルウさんを解放するまで、私は!」


 あ。師匠が攻撃を止めた隙に、今日一番の……。


 フレンさんの体より大きな魔法陣が出現すると、高密度の魔力が回り始める。明らかに決死の魔力。


「この短時間で出来る中で、一番の魔法を! あの訳にわからない鎧を抜けるだけの……!」


 キィン、と魔力の音が鳴ってる。とんでもない量だ。魔力って魔法になる前でも、音とか物理的な影響あるんだ?


 いったいどんなすごい魔法が。師匠の守りを抜くのは難しいだろうけど、やっぱりこういうのワクワクする……!


 そんな気楽な思いで観戦している俺に、戦うの渦中にいる師匠が視線を向けてくる。


 ……なんですか?


「――」


 返事はない。ただ、うっすら笑ってこっちを見てるだけ。


 いったいどういうつもりで?


 そう、首を傾げるにとほぼ同時に。


「私の魔法を、ルウさんへの思いを……その身に刻んでください……ッ! ――【黒死の大鎌】!」


 まるで、莫大な魔力が死の形に押し固められたような。そんな錯覚を覚えるくらいの威圧感。


「いまの私がまともな手段で使える一番の魔法です……! 一度発動してしまえば、私にだって止めれない!」


 魔力が形作ったのは、艶を帯びた漆黒の刃だ。巨大なそれがいくつも異なる角度で、魔法陣の前に浮かんで発射の時を待っている。


 そして。


 その大鎌が照準を向ける先で――って、え!?


 俺は師匠を見て思わず絶句した。だって、あり得ないだろう!


 師匠――なんで、内丹術を解除してるんですか!?


 さすがにこの攻撃、丹の防御もなく受けたらマズイですって! 師匠、どうせ聞いてるんでしょ師匠!?


 ああもう、なんで返事しないんですかッ! 俺を見て笑ってるだけ……あ、ウインクしながら口動かして――。


 「助けて」って……本来自分でなんとかできるのに? なんの意味があって?


 ――もう、この、アホ師匠!!


 そうして。


 焦る俺が止める間もなく、フレンさんが一言。


「刈り取りなさい……!」


 ――死神の鎌が、放たれた。




 同時に。


 俺は全身に荒削りの丹を回しながら、全力で地を蹴っていた。


 蹴った地面が爆発し、ほぼ瞬間移動のように切り替わる視界。


「――え。ルウ、さん?」


 師匠の前で迫る魔法に両手を掲げた俺に、フレンさんは絶叫した。




「避けてえぇぇ――!!」



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