第6話 森の民が相手なら、ルドルフはわたしのもの確定!

 すごい速度で落ちてくる……!


 まだ雲に隠れて見えないけど、いや――来た!


「な、なんですか……あれはっ? 空に人!? ……っ、ルウさん、私のそばへ!」


 さっきまで俺に縋りついてたフレンさんは、すぐに目つきを鋭くして俺を引き寄せる。


「ウワッ。だ、大丈夫ですよフレンさん。敵じゃないですからっ」


「敵じゃ、ない……? なにか知っているんですかっ? ルウさん」


「ええ、よく知ってます! あれは――いや、彼女は……」




「――? アレ、女なんですか……――?」




 ええっ、また急に不穏な空気。何が気に入らなかった!?


 あ、なんて言っているうちにもう――。


 直後。


 ――ドンッ、と。


 轟音とともに、大量の土が舞い上がった。そのまま俺たちへ容赦なく降り注いでくる。


「うわ! ちょっと、もう……登場の仕方はもう少し考えてくださいよッ」


 そうして俺は、土の中に見える人影に向かって言った。


「――師匠……!」


「――ごめん。けど、やっぱり再会は派手なほうがいいかなって……」


 返事をしながら、降り注ぐ土の雨から姿を表すのは。


 土を弾く真っ白なおかっぱ頭に、人間離れした美しい容姿。


 そしてなにより、その小柄な全身から迸る強力な気が懐かしい。まだ別れて数日なのに、ずいぶんと久しぶりな気がした。


「師匠! いったい、どうしてここに? 聖域を離れられないって言ってましたよね?」


「うん、まあ、なんとかした。で、ルドルフは修行も途中だし、またいっしょにいてあげようと思って!」


「聖域……ほんとに大丈夫です? またなんか適当なことやってません?」


 師匠けっこうズボラだから。聖域の守護はすごい重要って前言ってたし不安だ……。


「ちゃんとわたしの分体おいてきたし。だいじょぶだいじょぶ」


「分体……なんかまたえらく高度そうな……」


 この人ほんとにすごい仙人だからなあ。大丈夫って言うならそうなのかな……。


 でも、なんかいやにこっちをチラチラ見て、物言いたげにしてる。再会して早々小言みたいなこと言っちゃったから?


 うん……まあいろいろ言っちゃったけど。でも、来てくれたことが嫌だったわけじゃないんだ。


 というかむしろ――


「――また会えて嬉しいです、師匠」


「……! わたっ、わたしも! もう、まったくもうルドルフは! 最初っから素直になれ!」


「あはは。すみません、ちょっと照れちゃってたかもです」


 師匠、えらく喜んでる。俺だって嬉しい。やっぱり五年も一緒にいると、隣にいるのが普通になってたって言うか。


 師匠はふんすふんすと鼻息漏らしながらこっちにくる。またいつもみたいに、飛びついてこようとしてるな……!


 ……あ、でもここにはフレンさんが――と思ったその瞬間だった。


「――ちか、づくな。寄るなっ! お前は……ッ?」


 フレンさんは全身から魔力を立ち上らせ、近づいてくる師匠に牙を剥く。


 さっきの飛竜に向けたのとも違う、明確な脅威に対面したような反応だ。俺を守ろうとしてか、一歩前に出て後ろに庇ってくれる。


 でも。心配いらないよ、フレンさん。この人は敵じゃない!


「フレンさんっ。大丈夫です、魔力を収めてください! この人は敵じゃなくて、俺の師匠なんです! 五年間いっしょに――」


「魔力をほとんど感じない……! 魂の形も見えないッ。ただ薄く、よく分からない力に覆われている……ッ?」


 聞こえてない……?


「これは……この臭いは。――あの時の、ルウさんのッ! お前か!」


「ちょっと、フレンさん! 落ち着いて!」


「あ、え、ルウさん……? ……でも、あいつが! ルウさんの魂に絡みついていたのと同じッ」


 魂? たしかにさっきギルドでそんなこと言ってた気が。


「魂っていうのはよく分からないですけど、彼女は俺と五年間一緒にいた人なんです! 敵じゃないですからっ」


「五年、間? ルウさんを、失っていた間の……?」


「失って? ……いや、まあ、そうです! だから敵じゃないっていうか、むしろ恩人っていうかっ」


 またフレンさんの情緒が。前はこんな感じじゃなかったのに、一体どうしたっていうんだ。


 でも、ここまで説明すればひとまずは、と。


 そう俺が一息つこうとしたその時。


「――今の会話。おまえ……ルドルフ振ったやつだな」


 師匠? ……薄く、笑ってる?


「その耳、膨大な魔力。森の民か。でも、ずいぶん濁った魔力してる。……その執着っぷりを見るに、ルドルフのことを」


「……何が言いたいんですか」


「べつにぃ。ただ……森の民はたいへんだな。種族の違い、森の掟、魂の制約……自分の気持ちを伝えるのも好きにできない」


「ッ! 知ったような口を……!」


 ええ、なんかいきなり一触即発?


 ていうか師匠、なんかいつもよりずいぶん小難しいことを……。頭良くなりました?


「む。ルドルフ、いま失礼なこと考えただろっ」


「ええっ。また心読みましたか!? やめてって言ってるじゃないですか!」


「読んでないっ! 顔見たらわかる!」


「え〜、怪しいなあ……」


 なんていつも通りのやり取りをしていると。


 グイッと腕を引っ張られる。


「ん、フレンさん? どうしました?」


「……あまり、アレと親しくしない方が。得体が知れません」


「え? ……でも、師匠は悪い人じゃないんですよ。何度も危ないところを助けてもらいましたし」


「……ッ。それ、は。でも、おかしいですアレはっ。よく分からない力に、輪郭のない魂……! ルウさんの魂だって――」


「……すみません、フレンさん。たしかに師匠はちょっと普通じゃないですけど、あれでとてもいい人なんです。恩人と言ってもいい。だから、それだけはフレンさんの言葉を聞けないかも……」


「そん、な……。で、でもルウさんは……わっ、私の……ッ」


 うん? なにって――うわっ。


 フレンさん、涙目で上目遣い! めっちゃかわいい。五年前のことがなければ、俺のこと好きなんじゃって勘違いしそう。


「姑息な。あざといぞ〜」


「……っ」


 あ、こらまた!


 なんかこの二人、相性悪そう。会ってすぐ何度も喧嘩しそうになって。


 今だって睨み合ってるし……。




 で、その後。


 丘の上には、睨み合う二人の少女(実年齢は……)。


「私があなたを倒して、ルウさんにかけられた呪縛を……!」


「そんなのかけてないのに。でも、戦うのはべつにいいぞ。――実はわたしも、ちょっと気に食わなかったんだ」


 どうして、こうなった……。



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