第1話 筋力とかどうでもいいから!?



いや、ほんとにどうなってんのこれ。

いやいやいや、筋力全振りとかどうでもいいから! ていうか、そもそも、ここどこ!? え、私、さっきまで夕飯の下ごしらえしてたよね!? 包丁で玉ねぎ刻んで、涙目になって、それからちょっと休憩でスマホいじってただけだよね!?


それがどうして。どうして私はいま、腰を抜かして草原に座り込んでいるの。

しかも見渡す限り、どこまでも広がる緑の大地。空は青すぎるくらい青いし、遠くの空中には浮島まで浮いてるし。あれ、ジブリか? いや、完全にゲームの世界だろこれ!?


「……あ、あのー。サナ様? 大丈夫ですかー?」


私の目の前でふわふわ飛んでる光る妖精、ルミナが心配そうにこちらを覗き込んでいる。手のひらサイズで、羽がきらきらしてて、声は高くて、なんかアニメに出てきそうなマスコットキャラ。


あまりに状況が異常すぎて、脳が追いつかない。いや、正直に言うと現実逃避している。


だってね? スマホで遊ぶつもりが、気づいたら異世界に来ちゃったわけ。しかも見知らぬ草原。周囲に人の気配はゼロ。自分の姿はキャラメイクで選んだ、ちょっと若返った僧侶風衣装。いや、それ以前に、足元にスリッパじゃなくて革のブーツが生えてるんだけど!?


「え、えっと……サナ様、顔が真っ青です。呼吸、呼吸してくださいー!」


「はっ、はっ、はぁぁぁぁ!? ここ……どこぉぉぉぉっ!?」


叫ばずにはいられなかった。近所迷惑とか気にしなくていいのはありがたいけど、代わりに鳥が一斉に飛び立っていった。


心臓がバクバクする。だめだ、落ち着け私。これはゲームだ。うん、ゲーム。現実じゃない。ただのVR……? いやいや、VRゴーグルなんて装着してないし! スマホポチっただけでこんな没入感あるか! いやいやいや!


「ちょっとちょっと、サナ様。いきなりそんな大声を……」


「うるさいルミナ! あんた誰!? ていうか妖精!? なんで喋ってんの!? 私夢でも見てる!? ほっぺつねったら起きるやつ!? ……いったぁぁぁっ!」


本気で自分の頬をつねった。痛い。しっかり痛い。

つまりこれは夢じゃない。

……え、ほんとにどゆこと? 私、もう帰れないの? 旦那に夕飯作ってあげなきゃいけないんだけど!? 冷蔵庫の鶏肉どうすんの!?


「落ち着いてくださいサナ様! ここはアルヴェリア大陸! 神々に見捨てられた聖地です! サナ様は救世の僧侶として召喚されたんですよ!」


「聞いてない聞いてない聞いてない! そんなポジション立候補してないから! ただの専業主婦だから! 召喚もしてないしされてないし、そもそも契約書書いてないから!」


全力で否定するけど、現実は残酷だ。どう見ても私は異世界にいる。

大地の匂いがリアルすぎるし、風が髪をなでる感触まで鮮明すぎる。五感フル稼働で「ここは本物」って主張してきやがる。


え、ちょっと待って。これってもしかしなくても、アレじゃない? 俗に言う「異世界転移」ってやつじゃない? いや、ラノベかよ! ていうか私もう三十路過ぎの主婦だから! 高校生でもなければ勇者でもないから!


「救世の僧侶サナ様……どうか、この世界を救ってください!」


ルミナが、涙目で両手を合わせてきた。

いやいやいや、ちょっと待て。なんでよりによって私!?


「……っていうか、僧侶なのに回復魔法使えないってどういうこと?」


「あ、それは……」


ルミナがもじもじする。やめろ、その顔はなんだ。まるで「すっごく言いにくいこと」を言う前の空気じゃないか。


「サナ様のステータス、筋力に全振りされてまして……」


「だからそれどうでもいいって言ってんの! 筋力とかマジ今関係ないから! 私が聞きたいのは、ここがどこで、なんで私がいるかであってぇぇぇっ!」


叫んだ瞬間、また鳥が一斉に飛び立っていった。

でももう叫ばずにはやってられない。だって本当に意味が分からないんだもん。


さっきまで台所で玉ねぎ刻んでたのに、いまは草原で妖精に「救世主」とか呼ばれてる。落差激しすぎ。私の脳みそ処理落ちしてる。


しかも遠くの空には、なんかドラゴンっぽいシルエットが飛んでるんだけど!? 待って、あれってリアルに火吹くやつ!? やだやだやだ、私まだレベル1でしょ!? 僧侶で筋力全振りとか関係なく、死ぬ未来しか見えないんですけど!?


「サナ様、深呼吸、深呼吸です! はい、すーっ、はーっ!」


「できるかぁぁぁぁっ!」


異世界初日。開始5分にして、私は絶賛絶句中だった。

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