第27話 誘い

 レオパルド様からは2・3日置きに手紙が来た。海上勤務から上陸するたびに手紙を送ってくれる。冬に向かう海は厳しいのではと思うのだが、海の美しさ、海から見える国土の美しさが書いてあるばかりである。そして私にもアルターハーフェンの景色を見てほしいとある。私も見てみたいと思うし、その通り返事には書く。同時に祖国ヴァルトラントのこの季節の様子も書き送る。この時期のヴァルトラント首都付近は曇りの日が多く、青空が恋しいと送る。ノルトラント王都も晴れ間は少なく、海も視界が悪かったり視界が閉ざされていないか心配になり、そのように書いた。それには経験があるから大丈夫だと返事が来た。


 私はミハエル殿下から、大聖女様をお迎えする件について急がないよう言われていた。だからここのところは学業に専念していた。レオパルド様から手紙が来るのは楽しみであったが、手紙が来るたびに日が経ってしまったことが実感された。だからあまりに何日も何もしない気もせず、ある休日、私はレイコ先生を訪た。面会を申し込むとレイコ先生は聖騎士団に来るよう伝えてきた。騎士団に行くため寮を出ると、女子大を囲む景色もすっかり真っ白になっていた。

「オクタヴィア殿下、せっかくの休日にお呼びだてしまして、申し訳ありません」

「いえいえ、こちらからご連絡したのですから。それより先生こそお忙しかったのではないでしょうか」

「とんでもない、ヴァルトラントへ聖女様をお連れしようとする殿下からお声がかかれば、お会いしないわけにはいきません」

 笑顔の向こうに嫌味があるのかないのか、よくわからない。

「で、今日はどのようなご要件でしょうか、殿下」

 とにかく私は、話を始めることにした。

「先生、ご存知と思いますが、私は大聖女様とステファン殿下をヴァルトラントにお迎えするための活動について、ミハエル殿下より待つように言われております」

「ええ、存じております、殿下」

「ミハエル殿下は『悪いようにはしない』とおっしゃってらっしゃいましたから、私としてはここのところ特に何もしないようにしておりました」

「はい、殿下」

「ミハエル殿下のお言葉を疑うわけではないのですが、その後どうなったか、不安なのです」

「お気持ちはわかります」

「それでレイコ先生、なにか動きはありましたでしょうか」

「申し訳ありません、私の知る限り、なにか動きはありません」

「そうですか……」

 やはり私はミハエル殿下の心証を悪くしてでも、なにがしかの行動を起こさなければならないのだろうか。

「オクタヴィア殿下」

「は、はい」

「とくに動きはありませんが、聖女様はヴァルトラントの情勢に、たいへんに同情的です」

「そうですか」

「聖女様としては、ステファン殿下と一緒にヴァルトラントのために働きたいというお気持ちはあるのです。ですがいままで築き上げてきた学問をする環境を手放すのはたいへんに辛いのです。しかも女子大もまだ、立ち上げたばかりで聖女様も離れることはできないのです」

「それは理解できます。でしたら将来ステファン殿下に王位についていただく確約だけでもいただければとも思うのです」

「それもそうなのですが、どうもミハエル殿下はまた、違うお考えをお持ちのようなのです」

「違う考えですか。それはまた、具体的にどういうことなのでしょう」

「申し訳ありません、私はそれについては知らないのです」

「大聖女様はどうでしょうか」

「ご存じないと思います」

 レイコ先生は大聖女様の秘書的な役割を担っている。だから先生が「知らない」とおっしゃるのならば、本当に大聖女様は何もご存じないのだろう。

「そうですか、お忙しい中、お時間をとらせて失礼いたしました」

 私はそう言って、レイコ先生の許を辞すことにした。父上には「進展なし」の手紙を出すしかないだろう。

「お待ち下さい、オクタヴィア殿下」

 腰を浮かしかけた私を、レイコ先生は呼び止めた。

「聖女様とステファン殿下に関しては、いましばらくお待ちいただくことになるでしょう。ですが、オクタヴィア殿下、殿下のノルトラントにおける任務はそれだけですか?」

「いえ、ですから寮に帰って勉強したいと思います」

「そうではなく殿下、実は聖女様はですね、今度の連休にアルターハーフェンに行く方向で調整中です」

「え、それは」

「どうですか殿下、ご同行なさいませんか?」

「え、あ、はい、ぜひ」

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