第18話 研究会
「がんばって作りますが、あまり急ぐと味がおちますから、ゆっくり待っていてください」
「は~い」
食堂のヘルガさんの言葉に大聖女様は気の抜けた返事をし、肩を落として席の方へと歩き出した。
「姫殿下、聖女様と一緒に休んでいてくださいよ。料理についてはヘレンさんに聞くといいよ」
「はい、そうします」
そんなわけで私とシルヴィーは大聖女様のお仲間と同じテーブルに着席した。
「なんか私の名前が出てたみたいですが、オクタヴィア殿下、どうかされましたか?」
私が答える前にネリス先生がそれに答えた。
「うむ、殿下はじゃな、料理を覚えたいとのことじゃ」
「へ~、ですけどお立場的に、料理とかヴァルトラントの最高の料理人がいつもつくってくれるんじゃないですか?」
ヘレン先生の疑問ももっともなので、私は適当に答えるわけにはいかなかった。
「ええ、それもそうなのですが、どうしても私がお作りして、食べていただきたい人がいまして……」
「キャー!」
悲鳴を上げたのは大聖女様だった。
大声を上げて食堂中の注目を集めてしまった大聖女様は、少し顔を赤らめ、声を落として質問してきた。
「で、殿下、いったいどなたなのですか」
「あ、いえ、将来我が国にお迎えする方に美味しい料理を食べていただきたいと」
「将来、お国に、あ、なるほど、そういうことか」
「はい?」
「いえ、細かいことは聞かないわ。国家の問題ですからね。とにかく私、協力するわ」
「あ、はい、ありがとうございます」
「ヘレン、考えてみればここは女子大じゃない、花嫁修業ってことではないけれど、学生たちが料理を勉強するのは悪いことじゃないわよね」
「わかるけど聖女様、私に新たに授業しろって言うんじゃないよね」
「え、無理?」
「あのね、いつその暇があるっていうのよ。授業して、実験して、あんたの警備して、とにかく空いてる時間なんて、あるわけ無いじゃない。聖女庁とか騎士団での仕事もあるのよ」
「う~ん」
しばらく大聖女様は考え込んでいた。話の流れからすると、料理の授業を新たにやりたいらしい。それを察したのか、フローラ先生も口を出した。
「あのね、とにかくヘレンにもう一つ授業なんて無理よ。そりゃ私もヘレンの料理は教わりたいくらいだけどさ。料理を勉強したいんだったら、自主的にやっていただくしか無いと思うよ」
「自主的か……」
大聖女様はしばらく考え込んでいたが、やがてぱっと表情を明るくして発言した。
「わかった、自主的ならいいのよね。お料理研究会ってどうよ? サークル活動ってやつ?」
「サークル?」
「そうよ、大学と言ったらサークル活動でしょう」
「あんたサークルとかやってなかったじゃん」
「うるさい。だからこそよ。私も参加する」
「へ?」
「とにかく、ノルトラント女子大のサークル活動の第一号として、お料理研究会、やろう」
「研究会やるのはわかったけど、ヘレンは参加する暇ないと思うよ」
「大丈夫、私、研究会、参加するから。ヘレン、警備兼先生、頼むわ」
「はあ?」
「うん、大丈夫、私が顧問やるからヘレンの負担は最小で済むと思うわ」
「そんなこと言って細かいこと全部、レギーナさんに押し付けるんじゃないの?」
レギーナさんとは親衛隊のトップである。
「そんなことしない。大丈夫。レギーナもまだ未婚だから喜ぶんじゃない?」
しばらく大聖女様はフローラ先生と議論していたが、ヘレン先輩が諦めたように発言した。
「もうわかったよ、やりゃいいんでしょ、やりゃ」
「おーヘレン、ありがとう。やっぱあんたは私の友達だわ」
「はいはい、しっかり料理覚えてね」
「うん、ステファンに食べてもらうんだ~」
いつの間にか夕食の時刻になり、興奮した大聖女様は食事を摂りながらもお料理研究会の話をし続けていた。女子大の学生は未婚女性の大集団であるから、ほとんどの学生たちは興味をもったようだった。いつの間にかかなりな大事になってきている。
食事が終わり、私はヘレン先生に話しかけた。
「先生、なんかご迷惑をおかけしてしまって、申し訳ありません」
「殿下、あれは聖女様が勝手に盛り上がっているだけだし、学生たちにとっても悪い話じゃないですから大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
「でも殿下、殿下が料理を食べさせたいのって、男の人じゃないでしょ」
「!」
「やっぱり。聖女様をヴァルトラントに迎えるためにやってらっしゃるんでしょうけど、私は特に邪魔はしませんから」
「はあ、なんか、ごめんなさい」
「聖女様はですね、たとえ殿下たちのお考えがわかったとしても、悪くは取らないと思いますよ。あの子は人を悪くは見ないし、料理がおいしくて文句があるわけ無いしね」
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