開戦
この世界の裏側は、ずっと変わらない。
◇
旧デイブレイク騎士団本部の要塞。
ここはかつて、私たちデイブレイク分派と本部の間で巻き起こった戦闘の跡地。
今も石造りの壁や床には当時の
その証拠にここを利用している私たちは毎日のように、当時の戦闘の風景を鮮明に思い出しながら、少ない資源でやりくりしていた。
そんなここでの思い出や分派としての過酷な日々を思い浮かべながら、目の前で起きている出来事に目をやる。
要塞一階の隅にある聖堂。そこの長椅子を抜けた奥の祭壇に、一人の黒髪の少女が横たわっていた。
最初は何をするのか見当もつかなかったが、今なら分かる。
私たちの新しい団長を名乗る大男、バルグレイは要塞で待っていたであろう怪しげな魔法使いを連れてきては、祭壇の前で怪しげな呪文を唱えさせていた。等級は四等級とのことだが、これから行使する魔法には不可欠とのことだった。
私ことエレオノールは、隣に立つ分派の同僚と共にその奇妙な儀式の様子を見守っていた。
「おい」
同僚に声をかけられる。今は集中しているから口に意識を配れる余裕はない。話だけなら聞いてやろうと思い、視線を向ける。
「あの娘は誰だ、知ってるか?」
私は無言で首を横に振る。
「だよなあ。しかもあのデカい団長、なんかうさんくさいんだよ。急に前の団長がいなくなったから、この分派は俺が仕切るのなんだのとてんやわんやで」
同僚は兜の中でそう呟く。
デイブレイク騎士団は数年前に内部分裂を引き起こし、現在では聖王国オラシアに今もつとめている騎士団本部と、それから分離する形で活動する分派の二つに分かれている。
私たちは当時、自分たちこそ真のデイブレイク騎士団だと訴えたが、その声と奮起は時代が進むと共に薄れていった。
今では五十人体制の小規模なはぐれ軍隊のような立ち位置を持つ傭兵の集まりでしかなく、当時の面影はまったくと言っていいほど皆無だ。
そして近頃、現在の分派をつとめていた団長が、急に行方を眩ませた。
私たちはとうとう、最後の砦である団長すら失ったと大騒ぎになった。
そこに現れたのが、現在儀式を長椅子に腰かけて見つめるバルグレイである。
彼は突如としてこの要塞を訪れ、団長の代理としての席を得た。
私は儀式から目線を逸らし、地面の床を眺める。
「おいエレオノール。お前俺と同じ妙なこと考えてるわけじゃないよな」
私は隣の同僚の方を再び見やる。
彼は私と同じく、デイブレイク騎士団の二極化が起こった際、共に騎士団を抜けた昔からの腐れ縁だ。
任務時はよく同行していたが、今の聞き捨てならない発言のように、行動を起こせるような人物ではないことを私はよく知っている。
「何のつもりかは知らんが、抜けるような真似だけはやめておけ。せっかく拾った命だ。瀬戸際を歩くのには慣れても、あちら側には行きたくないだろう」
私は同僚を強く睨みつけた。
「おーこわ。ま、今の団長に不満を持ってるのは、俺やお前だけじゃないと思うけどな」
同僚はそう言い残すと長椅子から立ち上がり、私の目の前を通り過ぎると聖堂の外に通じる扉へと歩いて行った。
◇
こんなに深く不気味な夜を見た事はない。
夜空を見上げると、いつも綺麗に見えていた星空が一粒も見えなかった。
それどころか、部屋の中へと闇が浸食し、私の足元へと迫ってきている。
この常夜の世界にきて、こんなに怖い夜は初めてだった。
――誰か…………。
声を上げようにも、何年も言葉を交わさずに過ごした理性ある者が、唐突に声を出さないと死ぬような場面に出くわすとどうなるのか。
それは最悪の状況だった。
夜闇がとうとう、私の足首を掴む。
――引き込まれる……!
私は必死に闇を振り払う。
だが、取れない。
次第に真っ白な肌の上を昇ってくると、次第にそれは体へとまとわりついた。
闇が体から手を伸ばし、私の頭を鷲掴みにする。
ずぶずぶと、音もなく昏い闇の底へと沈んでいく。
やがて抵抗もままならず、私は眠りに沈むよりも深い――闇の底へと堕ちていった。
◇
「おおおおお! 成功しましたぞバルグレイ殿!」
聖堂の祭壇にて祈祷を捧げていた、黒い道着をまとった魔法使いが唐突に声を上げる。
どうやらこの怪しげな儀式がようやく終わったようだと、慌てて彼が現分派の団長、バルグレイの元に赴く。
「どうだ。器の状態は」
「確実に少女の中に神が宿ったかと」
――は?
今なんと言ったのか。
私は信じられない言葉を耳にした気がする。
その発言に動揺を隠せず、長椅子に座る同士たちの中には立ち上がる者さえいた。
うさんくさい。気を付けろ。
まったくその通りだった。
バルグレイは下種の笑みを浮かべると、私たち団員の方に両手を広げる。
「成功だ! とうとう俺たちは神を手に入れた! このゼオラシアで神を手に入れることは何を意味するか。そうだ! このデイブレイク分派が、世界の新たな国の一つになるということだ!」
大声で笑うバルグレイ。
この男の言っていることは間違っていない。
事実、このゼオラシア大陸に置いて、三神から生まれし神々はかつて天上から地上へと降った後、人々に恵みと力を与え、やがて協同で国家を形成した。
だが神代以降、神が地上へと降りてくることはなかった。
神を降ろす手段を人間たちが模索した結果、禁断の魔法をある教団が生み出すことに成功する。
”神降ろし”。
その魔法を扱うことは、王立魔法協会の禁忌に違反する。
私たち分派が正義の道を外れていることなど承知の事実。
私は心の中で囁いた同僚の言葉を燃料に、震える指で帯刀した剣の柄に触れようとする。
その時だった。
大きな揺れが聖堂全体を揺らし、天井からいくつもの土埃を降らせる。
背後の扉が開かれ、一人の団員が入ってきた。
「敵襲! 敵襲だー!」
周囲がざわつくと、長椅子に座っていた団員が一斉に立ち上がる。
私もそれに続き、聖堂を後にした。
「お前ら配置につけ!」
お前の言いなりになどなるものか。
私は心にそう硬く誓い、早々に聖堂を後にした。
◇
「次弾装填。急げ」
遠くへと映る、開戦の狼煙があがる要塞を見つめながら、俺は塔の上に設置されていた砲台の近くに腰かける。
”オーディンの義眼”。
俺の持つ七つ道具の一つ。見つめる先のすべてを見通すことが可能な
そんな便利な
「ウルフェン殿、準備完了です。いつでも」
「オーケー。おじいちゃん」
隣に立つおじいちゃんことエルダーンが砲弾を抱えながら運び、砲塔へと詰める作業を行う。
この砲台も特別性。現在の戦争にて度々使われる、魔法を軍事兵器に転用した大砲。通称"
その最大射程は支援魔法の術式をありったけ仕込んだ結果、脅威の五里――大体二十キロ程度――だと言われている。
俺は息を思い切り吸い込み、やがて手の合図と共に言い放つ。
「撃てぇ!」
衝撃波と轟音が、ドルムアで最も高い塔で鳴り響いた。
ふと、背後から肩を突かれる。
「団長」
ゼンリの声だ。
コイツは雰囲気といい、立ち振る舞いといい、あらゆる面で仕事人といった印象をつくづく俺に与えてくる。
「あいつらは?」
俺は近況を聞く。
「教授たちが要塞に侵入。行動を開始した」
「そのまま逐一伝えろ」
そう伝えると、ゼンリは姿を一瞬にして消す。
まったく――さすがはワイルドハント随一の謎な男だ。
要塞を再び瞳に映す。
俺はここでひたすら、敵の戦線を崩すことに専念するとしよう。
「頼んだぞ、お前ら」
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