狼煙

「ひでえ有様だな、こりゃ」


 俺はとうとうゼオラシア大陸の淵、世界の淵アビスエンドへと辿り着いた。

 ゼオラシア大陸の終端にあるとされている場所であり、ここにはとある空間が定期的に出現し続けているという。


 別名、”大地の空隙”。


 発生理由や原因は、ゼオラシアの魔法学でさえ理解には及ばない人知の外の知識である。


 その空間は位置を適宜ランダムに変えて周回する転移魔法がかけられており、見つけ出すのは絶対に不可能と思われていた。


 ここまでこれたのはひとえに、俺が持つ七つ道具のおかげである。

 よって、俺はここを特定するに至ったわけではあるのだが――



「どこから突っ込めばいいのやら……おいお前ら! アイツはいたか」


 俺は瓦礫の山と化した石造りの半壊した塔の目の前で、周囲を捜索していた仲間に向けて叫ぶ。


「駄目だよ団長、全然見当たらない! つかこれヤバくない? 見た事ない花だよ。しかもこんなに」


「不用意に触るな。私たち精神体に作用する新手の神経毒持ちかもしれないぞ! ああ……健康であることにここまで安堵したのは初めてだ」


 どうやら団員たちの様子を見るに、もうしばらくこの状態が続きそうだった。

 そう思っていた矢先、背後に進展の気配。どうやら解明の糸口がつかめたようだ。


「団長、こっちだ」


 そのまま団員の後を追い、件の場所へと辿り着く。


 そこには無数の剣や槍が地面に突き刺さっており、まるで武器の墓場のような光景が広がっていた。


 その奇妙な光景を横目に進んでいると、そこにはやはり、俺の捜していた半端野郎の姿があった。


「おい、起きろ。何があった」


 半端野郎の胸元には、相当大きな武器で抉られたとしか思えない、赤く深い亀裂が走っていた。

 顔を両手で押さえながら、件の人物は何かをブツブツと呟いている。


「もう終わりだ……何もかも……」


 そう自身無さげに、抑揚のない声をあげている。

 俺はその場へとしゃがみ込み、半端野郎の胸倉をつかんで持ち上げた。


「めそめそしてる時間はない。言え」


 げんなりとした、痣塗れの顔を見せるレイカ・アイザワ。

 百年前からまったく変わらない容姿と暗い印象は当時のままだ。


「ここで何があった。ゆっくりでいいから話せ」


「ワイルドハントにまで嗅ぎつけられるなんて、落ちぶれたもんだね……私も」


「おい、今のは聞き捨てならない。取り消せ」


 俺はレイカの掴んだ胸倉を揺さぶる。

 だがそれでも動じないコイツの今の据わった瞳と諦観に満ちた雰囲気は、周囲の惨状――倒壊した塔や荒れ放題の混沌とした状況――が物語っていた。


「チッ……」


 俺はつかんだ両手をぱっと離すと、レイカは地面へと崩れ落ちる。

 汚れと血にまみれた白ローブに身を包んだ女魔法使いを一瞥すると、背後の団員に声をかけた。


「おいゼンリ。こいつの手当をするよう他の奴らに言え」


 コクリと、ゼンリは静かにうなずいてこの場から立ち去る。


 あのお調子者で世間の評判など気にしなかった魔法馬鹿が、こうも落ち込む姿を目にするとは。


 帝国のよしみで知り合った仲とはいえ、様変わりし過ぎだ。

 それ以前に致命傷はさすがに不老と言えど、苦しいものだろう。


 俺は部下の到着を待ち続ける以外にやることがなかった。


 ◇


「王立魔法協会……そのお抱えの騎士様ご一行とはな」


 コクリと、レイカは頷く。


 一通りの話は、塔の中に設置した簡易キャンプで聞かせてもらった。


 精神安定、完全治癒の魔法をかけた万全の状態とあっては、さすがの無口も口を割らざるを得ないのだろう。


 そこに救援という恩義もちらつかせれば、口に縫い付けられた紐は易々と解ける。


「最初は問題ないと思ったんだ……でも見誤っていた。まさか――」


対魔武器アンチマジックウェポン。今のゼオラシアで起きている戦争で見ない日はないほど、各国の兵士たちが大事そうに抱えて戦争へと持ち歩く大御所武器だ」


 レイカは湯気の立つマグカップを両手で握りしめている。


 よほど悔しかったのだろう。

 俺でも通用しない敵や手段を見せつけられ、あっさりと負けるのはさすがに応える。


 ただ問題なのは、コイツが一方的――百年間という技術革新に置いていかれた――というだけなら、まだ逆転の目はある。

 一番の問題は別にあった。


「ここにネムリの患者がいた。そうだな?」


 返事はない。沈黙を肯定と受け取り、俺は続ける。


「やはりな。そして案の定、その原因の解析を始めてると踏んで俺たちはここに来た。特効薬にでもありつけているのかと思いきや、そこには王立魔法協会……ネムリの研究は歴史上、どの国を見ても発展が見込めていない未知の分野だ。それを連中が妨害するということは……そうなんだな?」


「禁忌違反者……協会が掲げる最も罪深い魔法使いに押される烙印」


 王立魔法協会にはとある内部規則が存在している。


 それは世界の根底を覆す――または逸脱するような魔法の研究、開発を行ってはならない、というものだ。


 これに違反した者を協会では『禁忌違反者』と呼び交わし、認定された者は二度と魔法の研究ができない烙印を押されてしまうという。

 歴史上、魔法には不可能すら可能にする力があると信じられ、協会の制度が整うまでは、禁忌の研究はゼオラシア大陸のあらゆる場所で続けられた。


 俺は手元のマグカップの中身を眺める。スープの水面が一瞬揺れるが、すぐにその均衡は保たれた。

 ネムリの病についての探求が行われなくなったのは、この制度が整った後だった。


「そのネムリ患者を騎士たちに連れていかれた……禁忌違反者のお前ではなく。おかしいことが次々と起こっているのもそうだが、協会の連中はその患者を連れて何をするつもりだ?」


「考えられるとすれば――人質」


「烙印を押されたも同然、か」


 レイカは俯いたままだった。

 俺は天井に広がる夜空を眺めながら話を続ける。


「それでどうするんだ、半端。俺たちは命からがら、うちの皇帝様叩き起こすためにやってきたんだが?」


 そう言いながら隣を見る。

 レイカの瞳はすでに下を向いてはいなかった。


「作戦がある」


 彼女がこちらへと顔を向けながら話す。


「あの娘を取り戻す。そしてネムリも治せる、最高の作戦だ」


「聞こう」


 こうして、俺たちの逆転劇は始まった。

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