第32話『編集者インタビュー:鈴木氏』

インタビュー記録

実施日:2025年5月2日 15:00-16:30

場所:都内喫茶店

対象者:鈴木誠(仮名・68歳・元コドモジャック出版編集者)


書き起こし[00:00:00]

記者:本日はありがとうございます。当時、天川先生の担当を?

鈴木:ええ、1989年の連載開始から最後まで。まあ、最後まで……と言っていいのかどうか。

記者:どういう意味ですか?

鈴木:最終回のネーム、まったく記憶にないんですよ。


[00:01:23]

記者:というと?

鈴木:受け取ったはずなんです。記録も残ってる。でも、内容が思い出せない。夢みたいにぼんやりしてて。

記者:天川先生とは直接お会いに?

鈴木:ええ。普通の、ちょっと大人しい女性でしたよ。でも、4話目あたりから……


[00:02:45]

鈴木:会うたびに、なんというか……目つきが変わっていくんです。大きくなるような。いや、物理的にじゃなくて、印象が。

記者:作品については話されました?

鈴木:それが奇妙でね。最初は普通に打ち合わせしてたんですが、次第に「これは私が書いてるんじゃない」と言い出して。


[00:04:12]

記者:私が書いてるんじゃない?

鈴木:「口述筆記みたいなもの」だと。誰かに言われた通りに描いてるだけだって。

記者:誰かとは?

鈴木:(長い沈黙)


[00:04:58]

鈴木:覚えてないんですよ。その部分だけ、記憶が。でも確かに、名前を聞いた気がする。

記者:いつ頃から会わなくなったんですか?

鈴木:7話目以降は電話と郵送だけ。でも、電話も変でした。


[00:05:43]

鈴木:天川先生の声なんですけど、時々……子供の声が混じるんです。背後じゃなくて、同じ口から。

記者:それは——

鈴木:最後の電話なんて、完全に子供の声でしたよ。でも、話し方は天川先生。内容も仕事の話。


[00:06:31]

記者:最後の電話の内容は?

鈴木:「最終回が書けた」と。「でも、最後のページは白」と。「読む人が完成させる」と。

記者:どう対応されました?

鈴木:普通なら描き直させます。でも、なぜか……「それでいい」と答えてました。自分でも、なぜそう言ったのか。


[00:07:42]

鈴木:(急に青ざめて)思い出した。

記者:はい?

鈴木:天川先生が言ってた、誰かの名前。

記者:誰ですか?

鈴木:「神ちゃん」ですよ。神ちゃんが喋ってた、と。


[00:08:15]

(沈黙)

鈴木:あれ、神ちゃんが"喋ってた"んですよ。あの人、聞いてただけだ。

記者:比喩的な表現では?

鈴木:違う。本気だった。「神ちゃんが原稿を通じて話しかけてる」「読者に直接」「私は媒介者」だと。


[00:09:03]

記者:そんなこと、あり得ますか?

鈴木:あり得ない。でも(声が震える)原稿を見てると、時々、文字が動くような気がして。

記者:動く?

鈴木:セリフが、読むたびに微妙に違って見える。でも、印刷は同じ。目の錯覚だと思ってましたが。


[00:10:21]

鈴木:最後に天川先生に会ったのは、1990年4月でした。

記者:連載終了後?

鈴木:ええ。偶然、街で。でも、別人みたいでした。私のこと、覚えてなくて。

記者:覚えてない?

鈴木:「神ちゃん」のことも知らないって。まるで、あの1年間が無かったみたいに。


[00:11:47]

記者:その後は?

鈴木:行方不明です。1995年から。家族も知らないそうです。

(長い沈黙)

鈴木:あの、これ言うと信じてもらえないかもしれませんが。

記者:何でしょう?


[00:12:35]

鈴木:今でも、時々、夢を見るんです。天川先生が原稿を描いてる夢。でも、手は動いてるのに、本人は寝てるような、空っぽの目で。

記者:それは——

鈴木:そして、後ろに誰かいるんです。子供みたいな影が。それが天川先生の手を動かしてる。


[00:13:22]

記者:顔は見えますか?

鈴木:大きな目だけ。神ちゃんみたいな。

(鈴木氏、急に立ち上がる)

鈴木:すみません、もう行かないと。

記者:まだ時間は——

鈴木:(小声で)見られてる気がする。さっきから、ずっと。


[00:13:58]

(足早に立ち去る)

[録音終了]


記者の追記

インタビュー後、鈴木氏からメールが届いた。

「あれ以上話すと、また始まる気がする」

「35年間、忘れようとしてきた」

「でも、最近また、夢を見る」

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