第2話 甘やかしの前兆
「えぇっと、師匠……もう一回、言ってもらえます? すみません、疲れからか急に幻覚と幻聴がしていて……」
幻聴が聞こえた気がするけど、きっと気のせいだよな〜?
シエルは、何日かぶりに見る師匠のマルベリー色の髪と緑色の目に加えて、黒と赤の妙なモノが映っている自分の目をパシパシと瞬きしながら……そう言った。
なおコテンと横に倒された首の意は、「幻覚が消えないな〜」である。
「だから、俺さ、王子誘拐してきちゃったんだってー。あっ、コイツはこれから俺の弟子––––つまりお前の弟弟子にするから、よろしくな!」
そんなシエルを真っ直ぐに見ながらも、師匠は見えてないのか疑いたくなるようないい笑顔でカラカラと笑いながら、そう言った。ひどい。
「はっ!? あ、そう、ですか。おとうとでし……はい」
それを聞いた時点で、シエルの買い物帰りのルンルン気分は、師匠への怒りに追い越されて……そのまま怒りの領域を突き抜けて、なんか諦めの境地みたいなところに入った。
「あと……これはコイツが王家の人間って示すために絶対に必要なもんだから、お前間違っても盗まれないように保管しといてやって?」
多分“諦めの境地”って、間違っても十二歳の子供が入ってはいけないと思うが––––まぁ、見覚えのある紋様の入った銀の懐中時計を、ズボンの尻ポケットに入れて乱雑に持ち運ぶ師匠と何年も一緒にいれば、そういうこともある。
あるはずだ、うん。
師匠が差し出した懐中時計にある紋様は、間違いなく今いる国から大体五つくらい離れた国の王家のものだったし……。
王族に害をなした人間の末路が、良くて死刑、悪くて公開処刑と
いっそ色々と諦めて先のことを考えた方が建設的だと、シエルは思っていた。
「じゃ、俺はまた数日間出かけてくるから。この紙に詳細は書いてるし、コイツにはとりあえず風呂入れて飯食わせて、適当に世話してゆっくり休ませてやってくれ! よろしくなー!」
「は? ちょ、師匠!? ……まじか」
まぁ……だからと言って、一方的に説明ともいえない説明だけして、謎の二枚の紙と自分が連れてきた子供の世話を軽い口調で押し付けて、また出て行った師匠の所業を許せはしないけど。
ほんと、いや本当に信じられないから。
どこに十二歳の弟子に、もっと小さな子供の世話を任せる師匠がいるの……?
この子、三歳とか五歳くらいにしか見えないんだけど––––いや、さっきまでここにいたか。
「私がこの子をうまく世話できなかったら、どうするつもりなんだよ……」
いや嫌なわけじゃないし、頑張るよ?
目の前にいる少年の逃げようともしなければ怯えもしない様子を見る感じ、師匠が無理矢理連れて来た感じはないから……なんらかの訳アリなんだろうし。
こんな幼い子が何かしたとも思えないから、この子の様子がおかしいのも理不尽な理由で何か傷つけられたからだろうし。
理不尽に不幸な目にあった子にはこれからは当然幸せになってほしいし、私だってできる限りめっちゃ頑張るよ?
シエルはそこまで考えて……けれどそれでも拭いきれないモヤモヤを吐き出すように、「けどさ、不安じゃん!」と、心の中で叫んだ。
だって目の前のこの子、王子とは思えないほどボロッボロのシャツとズボン着てるんだもん……。
きっと整えれば綺麗なはずの長い黒髪もボサボサの状態で、これまた綺麗に輝くであろう赤い目を隠してるし。
もっとまともな大人がちゃんとお世話した方が、この子を幸せにするためにはいいんじゃないかな……?
「––––まぁ、考えても仕方ないか」
うん、いや……よし。まず考える前に、精一杯頑張ることにしよう!
うだうだと悩む頭に喝を入れて––––『まずはここに来てからずっと変わらない様子で立ち続ける目の前の少年が少しでも甘えられるようにするところからだな!』と、決意したシエルは少年の前に膝をついて声をかけた。
「えっと……初めまして。私はシエル。君の名前を教えてくれるかな?」
「…………」
そっか、無言かぁ。
この状態だったら、それも仕方ないかな?
「あー……。少年、ここにおいで。疲れただろう? 温かいお風呂に入って、まずは体を綺麗にしよう」
どうせ、いざとなったら、師匠は何らかの手段を使って今回の誘拐を合法にするだろうから……なら、弟弟子になるらしいこの小さな子を、全力で甘やかしてみよう。
シエルはそう考えて、少年をそうっと抱き上げて近くの椅子に座らせてから、風呂の準備を始めた。
忌み子王子と死霊少女の幸せな誘拐 ❄️風宮 翠霞❄️ @7320
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