忌み子王子と死霊少女の幸せな誘拐

❄️風宮 翠霞❄️

第一章

第1話 雨と邂逅

 その日、ドゥーム王国の天気は最悪だった。

 遠くで雷が鳴り、窓には雨音とは到底思えないほどのバチバチという音を鳴らして雨粒が叩きつけられている。


 王都の端では橋が決壊し、神の怒りだと恐れ祈りを捧げる人々まで出てくる始末。

 その天気の荒れ方は、かつてないほどひどい。


「王妃様、いきんでください!」


 間違っても、女神に祝福されていると名高い王家に新たに子が生まれるとは、到底思えない天気だ。


 ひどい難産でかれこれ十七時間ほど出産のために使われている部屋の外では、雨の影響で起きた土砂崩れや、重要な施設の倒壊などに対応するために文官がバタバタと動き回っていて……。

 王宮を取り巻く空気も、決して王家の子を迎えるのに相応しいものではない。


 そんな中で、その赤子は生まれた。


「し、失礼します……王妃様、どうしても火急との知らせが……! せ、先王陛下が、つい先ほど、お亡くなりになられたそうですっ……!」


 ––––その大変安定していた治世から国内外問わず敬愛されている、先代国王の訃報を伴って。


「お、王妃様……! この子––––は、その……」


「……な、んで––––よ」


 王家の色と尊ばれる金髪碧眼とは違い……稀に王家に生まれては凶事を持ち込む、不吉とされる黒髪赤目の姿で。




 ◇




 その日、私––––シエル・ジニアの気分は最高に良かった。


「ふ〜、ふふふ、んん〜」


 まだ十二歳のか弱い少女である私を、二年ぶりに訪れる土地で放ってもう二週間もどこかに行っている、ダメ保護者……もとい師匠のことを差し引いても––––。


 穏やかな晴空の下で空と同じ色の水色の目を細め、いつも着ているローブについているフードを普段よりも浅く被るくらいには……。

 そして、そのローブの内側で緩く三つ編みにした銀髪を揺らしながら小さく鼻歌を歌うくらいには、心が満たされていた。


「お、嬢ちゃん今日はえらくご機嫌だなぁ」


「八百屋のお兄さん〜! 聞いてください、この塊肉、肉屋のお兄さんからオマケで貰ったんですよ! ほんと優しくて豪胆ですよね、惚れそう〜」


 その理由は、間違っても普通の感性の人なら『お兄さん』なんて呼ばないであろう八百屋のイカつくてムサい親父に見せている、オマケのお肉だ。

 オマケだというのに、身長が150センチ近くあるシエルが胸の前で抱き抱えている袋の半分ほどを占めている。


「ははっ、ほんとにご機嫌なんだなぁ。ほれ、なんか買ってけよ。みんなのアイドルな嬢ちゃんに、アイツにばっか良い顔させるもんか」


 冒険者の街と言われるヴァルハラには基本的に、冒険者として活動している成人の二十歳+十歳くらいの男達ばかりがいるので……愛想とかいう概念がない。


「わ、いいの? ありがとう! じゃあ……これ十個とこれ五個、あとそこの二つを七個ずつください! オマケはお任せで」


「はいよ」


 そんな中で、いつもフードを被っていてあまり顔が見えないとはいえ、ニコニコと笑い、オジサンな自分のことを『お兄さん』と呼んでくれる少女に、数々の店の親父は陥落して……あれこれとオマケで優遇していた。

 ちなみに、このオマケはそれぞれの店の奥さん公認の甘やかしである。


「お兄さんありがとう! また買いに来る!」


「おう」


 とはいえそんな裏事情は露知らず『みんなオマケしてくれて嬉しいなー。私、多分すごく気に入られてるんだろうなー。やっぱり笑顔って大事だなー』くらいの感覚でとてもありがたくオマケ甘やかしを受け取ったシエルは……。


「本当に良い人達だよ。……それに比べて、あの師匠は! いつになったら、帰ってくるんだよ!」


 着ているフード付きのローブを翻し、この街に来た時にはいつも使っている馴染みの宿へと、師匠への怒りとルンルン気分が混ざった妙な気分で帰っていた。


「シエルー、俺、王子誘拐してきちゃった」


「––––……は?」


 久しぶりに顔を合わせるダメ保護者もとい師匠が帰って来るなりそう告げて、シエルに黒髪赤目の小さな少年を見せてくるのは……そのわずか数時間後のことである。

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