Skull Head~征世の狩人 ― TFX70作戦記録

武無由乃

『70式戦術義体 実戦運用記録#0042』

 西暦2070年6月――、フォルテア共和国にて支援活動を続ける日本国防軍施設科第六師団において、戦術義体の試験運用とともに各種部隊支援活動を行っていた真野裕晴二等陸尉率いる施設科実験小隊は、

 先のフォルテア共和国現政権による反政府勢力掃討作戦が功を奏し、追い詰められゆく『獅子王の冠』は先月末にその指導者が戦死するに至り、それまでの統率の取れた作戦行動が嘘のようにまとまりを見失い始めていたのである。さらに、日本国防軍の現地有力者との交流も功を奏して、多くの有力者たちが『獅子王の冠』の思惑から外れてゆき、まさしく彼らは最後の時を迎えようとしていた。

 当然、そこまで追い詰めた原因である日本国防軍は彼らにとっての怨敵となり、その広報活動役も担っていたTFX70運用のための実験小隊は、彼らに暗く静かな憎悪を向けられていた。

 実戦運用が始まってから多くの戦場に立ったTFX70であるが、基本損傷が軽微になるであろう対歩兵部隊への示威的運用が主であり、大規模な機甲部隊を相手にはしてこなかった。

 散発的偶発的に機甲部隊と交戦した事実はあったが、大規模かつ本格的なものは皆無であり、現状試験運用記録としてもとくに必要とされていないがゆえに、対外的にも対歩兵戦闘に投入される装甲車両程度の認識しかされてはいなかった。無論、性能的にもそれは正しく――、そもそも彼らでは『戦車の相手は不可能』という考え方が一般的であった。


 ――その一連の流れがあってからの現状である。

 『獅子王の冠』による支配から開放されて久しい都市カスペン。かつては反政府軍によって、現在は政府軍によって管理されている、その辺境部にある陸軍基地にて土木作業方面での支援活動を行っていた真野裕晴達は、突然の機甲部隊による襲撃にさらされていた。

 現状、都市カスペンは反政府勢力の作戦目標から外れている。正しくは、現在の『獅子王の冠』の戦力ではここまで対応できてはおらず、実際各国の戦力分析からも『もし無理に戦力を動かせば反政府勢力側が自分の首を絞める事になる』と明言されており、それを理解する政府側もこの都市には基本的な防衛部隊のみ配置していた。――だが、そこに無人航空機=ドローン戦力を含む戦車中隊一個中隊――、フォルテア共和国元正規軍がゆえの車両M28A2十六両と指揮装甲車の部隊が現れたのである。

 これは完全な夜間奇襲であった。どうもフォルテア共和国政府内に残るスパイによる手引らしく、近隣空軍基地のスクランブルの足も遅く、かなりの時間を守備隊のみで防衛しなければならなかった。当然、真野裕晴や高瀬翔伍両名も、TFX70で戦闘支援を行う事となったが――。


「裕晴……、どうした?」

「む、ああ……、敵戦車の動きが気になって――な」


 真野裕晴のその言葉に、高瀬翔伍は戦術義体の内部で首を傾げた。


「……確かに、かなり強引な部隊展開ではあるが――、気にすることか?」

「まあ、な。……しかし、困った事にその前のめりの敵軍がこちらを押し始めているのも事実だ……」

「それも――、空軍が動けば一網打尽……、ほぼ自殺行為だと思うが……」


 ――真野裕晴自身それは気づいてはいるのだ。現在の守備隊の戦力では、カスペンが再び敵軍による占拠にまで至る可能性は高い。……が、しかし、それは一時的なものになるだろう事は、いち現場指揮官にすぎない真野裕晴ですら理解できることで――、はっきり言ってこのような『自殺行為』を行う根拠がわからなかった。まさしく、そここそが真野裕晴の心に言いようのない不安を与えていた。

 そうするうちに士気と勢いにおいて勝る敵戦車部隊が、友軍部隊に大きな損害を与え始めていた。友軍の戦線は崩壊を始め、戦車の数両が攻撃支援ドローンを伴って、真野裕晴たちが潜む区域へと近づきつつあった。そこまでにおいて相手の戦力の一部、戦車二両、ドローン数機が失われていたが、基地戦力の殲滅には十分であり、真野裕晴においても最悪を予想することしか出来なかった。


 バババババ……!!


 高瀬2号機の20mm小銃が火を吹き、――暗闇に閃光を生み出す。その弾丸は正確にドローン戦力を削っていった。

 ……と、同じく20mm小銃で牽制射撃を行っていた裕晴1号機のそのコックピット内で、当の真野裕晴が眉をひそめた。――戦況がおかしくなり始めている。


「……高瀬、音響センサーに集中してくれ」

「なんだ? 何が? ……む?」


 ――戦術義体に内蔵された音響センサーから、無数のキャタピラ音が聞こえてくる。そう、戦場で守備隊と交戦中であった戦車たちが――。


「……集まってきているのか?!」

「――そうか」


 高瀬の驚きの声に、裕晴の声が冷静な声音で答えた。まさしく、自分たち二機は戦車達に包囲されつつあり、それは敵部隊が自分たちを目標とした部隊展開を始めている証であった。

 ――と、不意に友軍回線で通信が入る。裕晴は一瞬の躊躇いの後にその通信をつなげた。


「……日本国防軍施設科実験小隊でよいかな?」

「……」


 その声は彼の知る誰の声でもない。――裕晴は敵軍の指揮官あたりが、友軍回線をジャックして通信を送ってきている――、そう理解した。


「……お人形遊びはここまでだよ? 君たちは……、君たちの国は――、我々の事情に首を突っ込みすぎだ……」

「――で、逆恨みで我々を……と? なんともそこまで『獅子王の冠』は堕ちたのか……」

「……どうとでもいいたまえ。君たちが放送に出て来るたびに……、政府の無能共がその地位だけで放送に出てきて好き放題言う――、愚かしい宣伝がチラつくんだよ……」


 ――それは、もはや一軍隊の指揮官が言っていいレベルではない、ただの低俗な恨み言。しかし、その震える声には、明確な怒りと憎悪が見て取れた。


「……我々はこれからも、何人仲間が死のうが戦い続ける。……が、しかし、お前らのような部外者――、それも宣伝のためだけで持ち上げられている無能のカスを許しておくことはできん……」

「――はあ、それで?」

「死ね……」


 ズドォン!


 ――次の瞬間、周囲に展開しつつある戦車群の、その戦車砲が火を吹いたのである。


 砲撃が遮蔽に利用しているビルの外壁を吹き飛ばす。

 二人の頭上を旋回する十数機の攻撃ドローンから降り注ぐ弾幕に、戦術義体の樹脂被膜が削られてゆき、焼ける匂いと火花が満ちる。

 前方の通りには、反政府勢力「獅子王の冠」が展開した戦車中隊が見え始めていた。


 「高瀬! 下がれ! こっちで敵を引き付ける!」

 

 裕晴の声が神経リンク越しに高瀬の脳で響いた。その声に従い高瀬機はその身を晒さないように退去を始める。

 それを援護すべく裕晴機は、その手にする20mm小銃を遮蔽物から半身を出して放った。小銃の銃口から閃光が放たれて破裂音が空気を揺らす。

 だが、当然のごとくその弾丸は戦車の重装甲で弾かれる。その行為を嘲笑うかのように、黙って受け止めつつ、その戦車砲が轟音と閃光を放った。


「……が!!」

 

 炸裂と同時に、裕晴機の左肩が弾かれるように破裂した。その腕力と動きが完全に失われることはなかったが、その機能は最低限にまで落ちてしまった。


「く……左腕部機能不全?!」


 コクピットに警告音が鳴り響く。そんな彼を追い詰めようと戦車隊が前進してくる。

 戦術義体はそのような損傷でもよろけることなく、遮蔽物を利用しつつ横合いの路地へと走った。


(……左肩の機能は最低限――、でも動かせる分だけマシ……)


 ――敵の目標は自分たちの殺害。でもその思惑通りになるつもりはない。


 上空のドローン群が、走り抜ける裕晴に向かって一斉に機銃を放つ。閃光と炸裂が連続し、破片が火花の雨となって降り注いだ。

 そんな嵐の中で裕晴は歯を食いしばり、――吼えた。


「殺られん!!」


 だが、敵は容赦なく押し寄せてくる。

 砲塔を揃えた戦車列がじりじりと前進し、裕晴の逃げ場を塞いでいく。

 ――だが、裕晴の瞳の光は消えてはいない。


(――現状の装備、20mm小銃は戦車にはほぼ無効――、そして相手はおそらくドローンからの情報も利用して、群れとしてこちらを追い詰めてきている。敵の空の目を潰すならば20mm小銃でも十分――。だが戦車をどうにか出来ないと――)


 現状、戦車に通用する武装は対戦車手榴弾のみ。それがかのM28A2にも通用することは実証されている。あと――。


(20mm小銃も、使い方を考えさえすれば――、戦車を『無力化』する役にはたつ――か)


 真野裕晴は考える。それまでの戦場でもそうしてきたように。

 彼が小隊長に選ばれた理由は――、かのGF計画を主導する天才が、彼の戦場での『戦術眼』を評価してのことである。


「――裕晴」

「高瀬……」


 戦場で追い詰められる二人は、離れた場所でお互いのことを想う。

 彼らは無論このまま死ぬつもりはない。――そしてお互いを見捨てるつもりもない。

 ただ――、高瀬の方は打開策を思いつくことが出来ず、悔しそうに唇を噛んだ。


 ――とその時。


「よう、苦戦しているようだな?」


 二機のその通信機能で、場違いな笑いを含んだ声が聞こえてきた。

 その声を聞いて高瀬は、目を怒らせて怒鳴った。

 

「倉橋左京?! こんな忙しい時に何を!!」


 そう――、その声の主こそがGF計画を主導する天才――、『閣下』こと『倉橋くらはし 左京さきょう』であった。

 高瀬から帰ってきたその言葉に、左京は不満そうな声音を隠さずに言い返してくる。

 

「高瀬……、お前に言ってるんじゃない。せっかく神の肉体の前段階たる試作品を与えてやったのに、何くだらん戦い方をしているのかって聞いてるんだよ、――なあ、真野裕晴よ……」


 その声を裕晴は無表情で受け止める。そして、当然怒りを顕にしたのは高瀬の方であった。


「は?! 何が神の肉体だ!! 俺等はお前のモルモットじゃ……」

「高瀬よ……、お前は本当に自分をモルモットだと思っているのか? 野獣に襲われて死ぬだけの弱者だと?」


 そのトーンを落とした呆れ声を聞いて高瀬は言葉を失う。そんな高瀬をほおっておいて、左京は裕晴へと問を放ってきた。


「なあ、真野裕晴そいつの代わりにオマエが答えろ。――全地上を征したヒトを、――遥か宇宙を目指すヒトを模した『神の肉体』の原型を与えてやったのに、――なぜ?」


 その次の言葉に裕晴は黙ったまま目を瞑った。


「――なぜ戦車砲という牙を振るうだけの、『野獣』ごときに負けてるんだ?」


 その言葉に高瀬は怒りのこもった言葉を返す。


「おまえな!! 戦車ってのがどれだけの存在か……」

「はあ、高瀬よ、――無駄な講釈はするな、――戦車の強さだ? 天才である俺がソレを知らないと?」

「は?」


 今度こそ高瀬は言葉を失って黙り込む。

 

「人間を容易に殺せる必殺の牙を持つ獣、現実でもよく一般人が襲われてそして死んでいるよな? ましてや相手は高度な連携を取れる戦獣ときている」


 裕晴は周囲に展開する敵を確認すべく目を開く。その眼には今にも食らいつこうと迫る戦車や、その視覚となっているドローンが見えている。


「だが、――我らは、――ヒトは、どんな絶望的な状況も、どんな相手をも制して、地上を征服し尽くした人類様だ。お前らがただの一般人であるならば死を待つばかりでも、お前らは一般人ではないだろう?」


 裕晴は左京の言葉を心に刻みつつ、自機の状態や装備を確認してゆく。


「お前らは、対戦車専用兵器がなければ戦車の相手ができないではない。戦車に対して十分な、最悪な状況をいくらでも生み出せるだ。ならば、これまでの人類とやることは同じだろう? お前らは『獣を狩る狩人ハンター』だ。単独で戦車という獣に対処可能な、規模の大きな状況変化を引き起こせる、神の肉体の原型を獲得したヒトなのだよ」

「倉橋左京……」


 裕晴は無表情でその言葉だけを返す。そんな彼に――、そして彼らに向かって、天才の名を冠する左京の言葉が届いてくる。

 

「だからヒトらしく頭を使うがいい狩人諸君……。相手は攻撃力と防御力に全振りし専門化された地上の王者たる『戦車』という野獣。だが、それはいわば『ソレしか出来ない』という意味でもある。たとえ御者がヒトであろうが『戦車に出来ないことは出来ない』んだよ……」


 その言葉に高瀬は目を見開く。


「――お前らに、心ばかりのプレゼントを用意してやったから、すぐに向かって受け取るがいい……。ご武運を……ってな?」


そのまま通信は切れる。高瀬は静かに闇夜の空を見上げた。そこに小さな光が見えた。



◆◇◆



 空を走る光を目撃し、戦車隊の指揮官は指揮装甲車の中で眉を潜める。


「……どういうことだ? 例の人物の指示で空軍は即応出来ぬ状態であるはずだが?」

「――いや、あれは小型輸送機のようです。監視ドローンの映像調査では『日本国防軍のマークが入った未知の超音速航空機で、基地のハズレに何やら小さな物資を投下した様子』だと……」

「――今更、何を?」


 戦術コンピュータを操作する技師のその言葉に指揮官は首を傾げるが、すぐに嘲笑を浮かべて言い放つ。


「……は、なにを持ってこようと戦況は変わらぬ。大きな動く的でしかない人型兵器は、戦車の群れには無力だ――。くだらん人形遊びの代償を奴らに支払わせろ……。無能がいい気になればどうなるかを思いしらせろ……。我らの誇りある戦いを『新兵器の運用試験』なんぞで汚す日本人どもに正義の鉄槌を下せ……」


 その表情は憎悪によって醜く歪んでいる。実のところ彼らには『真野裕晴たち』への直接的な憎しみはない。

 ただ――、恨み骨髄な日本国防軍――、その中でも目立っている者の中で、目についた者にもっとらしい理由をつけて逆恨みをぶつけているだけである。

 彼らは、死んでも戦い続ける――、そう言った。が、すでに統率を失い、ただ恨みのままに適当に部隊を動かしている時点で、もはや『獅子王の冠』はその軍事組織としての、機能も力も――、そして誇りすら失っていたのである。



◆◇◆



 通信を切った後、倉橋左京は近くに静かに控えている助手に言った。


「……ふむ、高瀬はともかく裕晴には余計なお世話だったかもな」

「そうでしょうか?」


 左京の言葉に笑いもせず助手は言葉を返す。と――。


「……ふむ、戦術義体の弱点がなにかわかるかね?」

「え?」


 いきなりの話題変更に戸惑う助手。そんな彼に笑いかけながら左京は言う。


「弱点……、無論色々あるが、なにより――。他の車両兵器と違い、戦術義体は歩兵強化の装備でしかない――という事……。ようは新兵やそこらの雑魚に与えても、戦場に大きな的が立つだけでそうそう役には立たぬ……という事。ある程度の正しい訓練を受けたチームでなら、一律並程度に戦える車両兵器群とはそこが違う……」

「……それは、たしかにそうですね」

「だが……、それは許容できる。いや見る必要もない弱点だ――。なぜなら、。――ふさわしい人間に与えれば――、まさしく神と等価になるのだ……」


 倉橋左京は静かに笑う。それを見つめるのは無表情で佇む彼の助手だけであった。



◆◇◆



 ドン!


 空を飛ぶドローンが次々と落とされてゆく。そのたびに戦車隊の視野は狭くなり、次第に裕晴の操るTFX70の動きを正確に読むことが出来なくなりつつあった。

 無論、最新鋭戦車ゆえにM28A2にも特殊センサーの類はあるが、遮蔽を上手に使って走り回る裕晴機を捉えるのは容易ではなかった。


「悪いが――M28A2の事は、こちらもよく知っているんだよ……」


 戦車砲との間に有効な遮蔽を挟みつつ、都市内を走りまわって電柱から電線を引きちぎってゆく。そして……。


 ――戦車は高速走行しつつ移動物体に狙撃できる火器管制システムを持つ。

 ――ただし、戦車は砲塔の向く方向にしか攻撃出来ない。

 ――そして、砲塔は旋回できても、建物の影や上空は死角だ。


 倉橋左京の言葉が脳裏に響く。


「お前らは『獣を狩る狩人ハンター』だ。単独で戦車という獣に対処可能な、規模の大きな状況変化を引き起こせる、神の肉体の原型を獲得したヒトなのだよ」


 裕晴機は路地裏に飛び込み、瓦礫を蹴ってビルの合間を走り抜ける。闇夜の都市部に大きな音が響き、戦車はそれを目指して進行を開始した。

 M28A2が川にかかった橋へと到達すると、前方のビル群に隠れた裕晴機を見た。草食獣を追い詰める肉食獣である彼らは、我先にと裕晴機へと迫る――が。


 ドン!!


 裕晴機の腕が動いたかと思うと、突如として戦車群を巻き込んで橋が爆発した。


「対戦車手榴弾?!」


 どうも対戦車手榴弾が橋に設置されており、それを電線を使った遠隔装置で起動した様子であった。

 数台の戦車が巻き込まれて、川へと落下し横転したり瓦礫の下に埋もれて行動不能になる。それはもはや重機を持ってこなければ回収できない状態であった。

 それを目撃した数台が後方に下がりつつ砲撃を加える。――がしかし、裕晴機は遮蔽物の陰に姿を隠して、闇に包まれた市街地を走り抜けていった。


「見えねぇ……! どこに行きやがった! センサーを切り替えろ!」


 戦車内での敵兵の叫びが交錯する。

 裕晴は、カスペンの道路の迂回路を頭で思考しつつ、戦車の群れの裏へと走り抜けてゆく。そして、一台の戦車の背後へと回り込んだ裕晴は、その手に電線を束にして結ったワイヤーを手にして戦車に襲いかかった。

 驚きつつも砲塔を回して応戦しようとする戦車であったが、一歩遅くそのワイヤーを砲塔へとかけられてしまう。そのままワイヤーが砲塔駆動部に絡まって動きが目に見えて緩慢になる。


「くそ! 下がれ!!」


 そう言って後方へ下がるべくエンジンを吹かすが、裕晴機の小銃による銃撃のほうが一歩早かった。

 装甲化されていない方向から銃撃を受けて火を吹いて爆発を起こすM28A2。その場に、敵軍の残りのM28A2がキャタピラ音を響かせて現れた。

 

「人形風情が!!」


 その戦車砲の直撃を、もはや鉄くずでしかないM28A2の残骸を盾に防ぎつつ、裕晴機近くの路地へと走り抜ける。

 慌てて追おうとした数台のM28A2集団の中心に、上空から何かが落ちてきて転がった。

 

「あ! 対戦車……」


 ピンを外された対戦車手榴弾が爆発して市街地を爆炎で染める。

 そうして、戦車の群れは次第に、だが確実にその数を減らされていった。


「ち……」


 その状況に戦車隊の指揮官は舌打ちをする。現在いる戦場すべてが敵の武器として機能している。

 その事実に内心戦慄しつつ、しかし最後の自尊心から裕晴機を追うように指示を下した。


 ガシャ! ガシャ!


 建設中のビルの横を6mの巨人が走り抜ける。それを追うように戦車の群れが走り、そのスピードで追いついてきた。

 その砲が明確に裕晴機の胸部を狙っていた。それに気付いたのか裕晴機は建設現場の金属壁を粉砕して中へと入ってゆく。

 一瞬ためらってから戦車群はそれを追うように展開した。が……


 ギギギギ……


 その建設中のビルを遠目で見る戦車の群れに向かって、鉄骨で組まれたビルが倒壊してくる。裕晴機がその支柱を破砕して倒壊させたのである。慌てて下がろうとするが、鉄骨が落下してきてその動きを阻む。


 ギギギギ……ガシャアアアン!!


 鉄骨の巨塔が倒れ、進撃していた敵戦車列の上に崩れ落ちた。

 無論、戦車の装甲を貫けるようなダメージは生まれなかった。しかし、鉄骨群に囲まれた戦車はその鉄骨に阻まれて身動きが取れなくなってしまっていた。


 「戦車一番車、進路阻まれた! 二番車も停止!」


 通信が錯乱し、進行と砲撃のリズムが乱れる。


 ――裕晴機は続けざまに動いた。

 コンテナヤードの鉄塊を掴み上げ、迫り来る戦車へと放り投げる。


 ドォン!


 戦車のその砲塔が直撃を受け、横転して黒煙が立ち上る。


 「……さて」


 真野裕晴はそう呟いてさらなる追撃方法を思考する。

 瓦礫と煙に紛れ、6メートルの“人型”は戦車の死角から死角へと駆け抜けていく。

 残り僅かなドローン群がそれを追うが、都市の高低差に翻弄され、次々と撃ち落とされていく。

 戦術義体が、都市そのものを武器に変えて獣を追い詰めていく。


 まるで、人類が太古の時代に「罠」を仕掛けて猛獣を狩ったように――。

 TFX70は、“人間の戦い方”で戦車中隊を崩し始めていた。



◆◇◆



「抵抗してくれたな……」 


 それでも、裕晴がすべての戦車を制圧するのは不可能であった。一度でもその砲撃を喰らえば、戦術義体の動きは大きく制限されてしまう。

 不意打ちのように、脚部に命中弾をもらった裕晴機は、足を引きずりつつビルの影に身を潜める。それを囲うように残り六台の戦車が包囲陣形を組んだ。

 もはや逃げる道も見つからずに、ただ静かに成り行きを見守る裕晴。そんな彼に向かって戦車隊の指揮官がスピーカーで話しかけてきた。


「やってくれたな。本当に……、ここまで抵抗した貴様に敬意を評して、このままひとおもいに殺してやる」


 そのまま、その手を闇夜に掲げて前方へとふる指揮官。戦車の駆動音が闇に響き、死神のうめき声として裕晴の耳へと届いた。


 ガン! ――ドン!!


 不意に戦車の一台が、何かの砲の直撃を受けて火を吹いて爆発する。それを見て戦車隊の指揮官は目を見開いた。


「敵の友軍による砲撃?! 戦車に対抗できる車両はあらかた潰したはずだぞ?!」


 ――と、さらに闇から砲弾が飛来して、重厚な戦車の装甲を貫徹して爆発粉砕する。それは、明らかに対戦車砲による砲撃であった。


「まさか敵の友軍が間に合った?」


 そうして驚く指揮官はわかっていなかった。――その砲撃もまたTFX70によるものであることを。


 闇夜に爆炎が轟いてゆく。残り六台の戦車もそうして鉄くずへと姿を変えた。

 彼らの憎しみは、――そうして炎とともに灰になったのである。


◆◇◆



 ――裕晴機が追い詰められるしばらく前。


「はあ……、あの天才は――」


 物資が投下された、その場所へと急行していた高瀬は、その機体の中で怒りを含んだため息を付いた。


「……何だよこの荷物――、組み立て式の戦術義体用手持ち火砲。それも――」


 高瀬は嫌な記憶を――、忘れられない記憶を思い出しながら、それを手にして構えた。


「無駄に……、あの時の銃――、あのスナイパーライフルに外見を似せやがって。わざとだなこれは……」


 高瀬はかつて――、その体の多くを失った戦いを思い出す。

 ある国で紛争が始まり、そこに滞在していた日本人を救出すべく向かって護衛していた高瀬。しかし、ある都市部で現地ゲリラによる奇襲を受けて、部隊の多くが民間人を無事に日本へと返そうと命を捨てて戦ったのである。高瀬もまた狙撃手として同行していたが、本来の戦場でない直接的な戦闘に巻き込まれ、自分にとって唯一にして最強の武器であるスナイパーライフルで立ち向かわざるおえなかった。その代償はその身の大半を失う――、生きているだけでも奇跡という状態であった。

 当時の彼は『魔弾の射手』とも呼ばれ、まさに天才狙撃手と呼べる存在であった。失った身体の多くを機械に置き換えた今でも、そのすべての技術が身体に染み込んでいる。


「見た目はあの時のスナイパーライフルだが……、対物狙撃銃――ならぬ、対戦車狙撃銃――か。最新主力戦車向けAPFSDS(armor-piercing fin-stabilized discarding sabot)、装弾筒付翼安定徹甲弾そうだんとうつきよくあんていてっこうだん、155mm56式戦車弾頭。それをマガジン方式でパッケージ化して運用可能な、戦術義体の手で扱うためのスナイパーライフル……」


 それを懐かしく思いながら構えつつ高瀬は呟いた。


「……まあ俺の戦場に帰ってやるさ――。オマエの思惑通りに、な……」



◆◇◆



 西暦2070年8月――、フォルテア共和国政府と反政府勢力の間で、講和条約が締結されそして事実上『獅子王の冠』は組織として終りを迎える。

 その歴史の裏にあって、施設科実験小隊は試験運用としては十二分の実戦をこなして、その名を一部の人々に知らしめることになった。

 特に、戦車中隊をたった二機で全滅させた事実は、巨大人型兵器への認識を大きく更新させる要因となり――、そして後の『TRA開発』へとつながる歴史の基盤となる。


 ――そして真野裕晴は、今日も戦術義体をまとって戦場を駆けてゆく。



◆◇◆



●日本国防軍戦闘報告書(抜粋)

件名:

 戦術義体TFX70 実戦運用報告 ― フォルテア共和国カスペン市街戦におけるM28A2主力戦車中隊との交戦結果

報告日:

 西暦2070年6月20日

報告者:

 太平洋方面隊第六師団麾下施設科 実験小隊指揮官

 二等陸尉 真野裕晴


1. 戦況概要

 2070年6月、フォルテア共和国・カスペン市街地において、反政府勢力「獅子王の冠」による戦車中隊規模(M28A2×16両、指揮装甲車1両、攻撃ドローン約20機)の夜間奇襲を受けた。

 守備部隊は軽武装であり、空軍支援の遅延により、当実験小隊(TFX70二機)が正面戦力の大半を受け持つこととなった。


2. 交戦経過

 1.敵戦車群はドローンを先行させ、上空監視と制圧射撃により戦術義体を包囲。

 2.高瀬曹長機(2号機)はドローン迎撃及び対戦車支援砲撃を担当、真野機(1号機)は敵戦車群の釘付けを担った。

 3.市街構造物を利用した待ち伏せ・誘導により、敵車両複数を損失せしめ、戦況を漸次逆転。

 4.交戦終盤、真野機はM28A2戦車砲の直撃を受け、左肩部及び右脚部に重大損傷を被った。


3. 損傷詳細(重要)

 ・被弾部位:左肩部及び右脚部人工関節ユニットおよび外装

 ・結果:動作機能不全(完全喪失ではなく可動域制限)

 ・原因分析:

  使用された弾頭は対装甲戦闘を目的とするAPFSDS弾(装弾筒付翼安定徹甲弾)。

  同弾頭は高い貫徹力を持つ一方、柔軟樹脂繊維や人工筋肉主体の装甲材に対しては過剰貫通を起こす傾向が確認された。

  結果として「明確な爆散・切断を伴う破壊」に至らず、貫通後に一部機能を破壊するのみで留まった。

  これは「戦術義体の構造と現行戦車弾薬の相性差」が偶然にも有利に作用した事例である。


4. 戦果および被害

 ・戦果:

  ・M28A2戦車 16両中 13両を行動不能化(大破8、中破5)

  ・指揮装甲車 1両撃破

  ・攻撃ドローン全機撃墜

 ・被害:

  ・TFX70(真野機)左肩部及び右脚部機能不全、稼働率約65%に低下

  ・TFX70(高瀬機)脚部軽損傷(稼働に支障なし)

  ・守備部隊 戦死21名、車両損失多数


5. 総合評価

 1.戦術義体TFX70は、従来「戦車戦は不可能」とされていた前提を覆し、都市構造物の利用と歩兵的機動を活かすことで、主力戦車中隊を実質的に壊滅させた。

 2.被弾時の挙動から、義体装甲は従来の装甲理論と異なる被害吸収特性を持つことが判明。徹甲弾に対しては「過剰貫通を誘発し、局所損傷に留める」という予想外の防護効果を発揮する場合がある。

 3.一方で、榴弾系・成形炸薬系弾頭に対しては未検証であり、同様の効果が得られるかは不明。


6. 提言

・本件の戦訓は「戦術義体=歩兵強化の延長線」ではなく、戦車戦闘において独自の戦術的価値を持つことを証明したものと評価できる。

・装甲特性に応じた「弾種相性の分析」を更に進め、専用防護設計に反映させる必要がある。

・今後は戦術義体を単独の兵器体系ではなく、「環境利用型対戦車戦力」と位置付け、都市戦・対ゲリラ戦を主軸とした新戦術立案を推奨する。


 以上、報告終わり。



●倉橋左京博士による追記(一部日本国防軍上級士官のみ閲覧可能)

 本件交戦は、単なる戦術的勝敗に留まるものではない。

 我々が追い求める「神の肉体(カミノニクタイ)」への第一歩を証明した実例である。


1.過剰貫通の事例について

 M28A2の主砲弾は本来、従来型装甲車両を破壊するための“必殺の牙”である。

 しかしTFX70においては、柔軟樹脂繊維と人工筋肉構造が「致命傷を回避する」結果を導いた。

 これは偶然ではなく、兵器としてのヒト型構造がもたらす新たな生存性の証明である。


2.従来の装甲理論の破綻

 従来兵器は「硬い装甲で弾を受け止める」か「薄さで回避する」かの二択であった。

 だが戦術義体は、柔軟かつ有機的な構造によって「致命傷を局所損傷に変換する」――まさにヒトの筋肉が衝撃を散らすように機能した。

 これは従来の戦車・歩兵装備には存在しなかった第三の選択肢である。


3.選ばれた者の肉体として

 忘れるな。TFX70はただの兵器ではない。

 搭乗者が「狩人」として頭を使い、環境を武器に変えたとき、初めて戦車という“獣”を圧倒したのだ。

 ――すなわち、これは機械ではなく「人間の拡張器官」であり、適性ある者の手に委ねた時のみ神の肉体として機能する。


 結論として、今回の戦闘で証明されたのは次の一点に尽きる。

 TFX70は“死を回避する器”としての機能を十分獲得可能であり、正しく運用すれば人類の脆弱な肉体を超越させ得る。

 ――これこそが、私が推し進める「GF計画(ゴッドフレーム計画)」の真の価値である。


 倉橋 左京

 (GF計画主任研究員/日本国防軍技術顧問)

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Skull Head~征世の狩人 ― TFX70作戦記録 武無由乃 @takenashiyuno00

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