妖怪ベイビー
こわき すすむ
プロローグ
トン、トン、カララン。トン、トン、カララン。
夜の闇に溶け込むように太鼓の音が聴こえてくる。
夏祭りの神社。境内には大勢の人が行き交っている。
その中で独りうずくまって泣いている男の子がいる。母親を呼ぶ声が騒がしい境内にかき消されていく。
「大丈夫?」
男の子よりも年上と思われる少女が近づき腰を下ろす。そして背中をさすってあげている。
少女は二つ結びのおさげの髪。ふっくらとした頬。ぱっちりとした目。白を基調としたゆかたは清楚な気風を感じさせる。
急に背中をさすられた男の子は怯えるように大きな声を上げる。
「困ったな」
少女は自分がまずいことをしていると思って不安になる。表情には焦りが見える。
少女が少し考え、ある歌を思い出す。子供が泣き止まない時に聴かせていたその歌をこの子にもしようとする。
静かに唇が開き、空気を震わすような小さな声だ。それが優しい旋律となっていく。夜のざわめきが静かになるような錯覚を起させる。歌は続く。
男の子はこの歌声に安心したのか、段々と泣き止んでいく。体の中の悪い気が消えていくようだ。
すると、少女と男の子を光が囲む。それが上へ上へと上がる。
少女が顔を上げると光の粒が空中に浮かんでいるのを確認する。沢山ある。
しばらくすると、足元までそれが下りてきて透明な膜が体を包む。少女は不安が和らぐのが分かる。
少女は感じる。
(これは……魔法効果?)
境内のざわめきが止み、時が止まったかのようだ。魔法効果によりバリアが張られている。外の景色が見えない。闇が支配している。
「ZZZ……」
いつの間にか男の子は眠っている。寝顔を見るだけで安心しているのが分かる。
「この子は……もしかしたら」
歌を歌うのを終えた少女が男の子の正体に驚いている。いつの間にか魔法効果が消えている。さっきのように騒がしい祭りの様子が目に映る。
「太郎、太郎! どこにいるの?」
少女が考えていると、母親らしき女性の声が近づいてくる。
少女は女性に呼びかけると手を上げる。
「すみません、この男の子のことですか?」
はっきりと大きな声で言う。
女性は少女に気が付き、息子を見て駆け寄る。とても心配している様子だ。
「太郎! どうしたの!?」
悲鳴を上げそうな声だ。少女が答える。
「眠っているだけなので大丈夫です。さっきまで泣いていたけどあやしてあげたら安心してくれたようなんです」
少女が男の子の背中をさすっている。
事情を知った女性は安心したのか表情を柔らかくしている。そして少女にお礼を言ってから男の子を抱き上げ、この場を立ち去る。
その姿を少女がじっと見ている。心の中でざわめきが起きている。
男の子が魔法を使えると知った少女は自分の使命を重く感じている。
この世界は裏では妖怪に支配されている。
少女は物心をつく頃にはそれを感じとっている。そして、少女が妖怪を退治してきた一族の末裔なのだ。今はその修行をしている。だが、独りでは何も出来ない。仲間が必要なのだ。
「みお、どうしたのだ?」
少女の背後から声がする。
少女は振り返ることもなくその正体が神社の神主であり、父親であることを知る。
父親が背後に立ち何かを感じとる。
「魔法を使える子がいました」
少女が父親に答える。
女性が立ち去った後を見つめている。
父親が悟ったように言う。
「いつか、共に戦う日が来るかもしれんな」
少女が見つめている方を父親も見つめる。
「はい、お父様」
祭りの太鼓の拍子が続いていて、夜の闇をざわつかせる。
世界は平和であり、戦争など無い。
しかし、いつ裏の世界から侵略されるか分からない世界でもあった。
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