第2話 連れ去られた日
いつもは静かな離れなのに、母屋から家令が来てからざわつきだした。
慌ただしく何かを準備している侍女のロマを捕まえて聞き出す。
「何かあったの?」
「レイモン様が熱を出したそうですが、薬では下がらないと。
公爵様がロズリーヌ様をお呼びだそうです」
「お兄様が熱を?お母様を呼んでいるの?」
「ええ。レイモン様は魔力なしとはいえ、ロズリーヌ様の血をひいていますから。
何か特別な治療が必要なのかもしれないと思われているようです。
たしかにロズリーヌ様ならレイモン様の治療ができるでしょう」
「そうね。お母様がついていればすぐに良くなるわよね」
そういうことなら邪魔をしてはいけない。
お母様が母屋に行くのなら、侍女たちもついていくはずだ。
母屋にはいろんな人がいる。
魔力持ちであるお母様や侍女たちのことを化け物扱いするような人もいる。
公爵夫人のお母様が離れに追いやられているのはそのためだ。
だから、お母様が母屋に行く時には侍女が全員ついていく。
集団でいれば傷つけようとする人がいても対応できるからだそうだ。
私は生まれてから一度も母屋に行ったことがない。
お父様とは離れに来た時に何度か会ったことはあるけれど、
抱き上げられたことはないし、お兄様は中庭で遊んでいるのを見かけただけ。
魔力を持って生まれたから嫌われているのだというのは早いうちに理解していた。
とはいえ、離れに住んでいて困ることはなかった。
お母様と侍女たちが教えてくれるので家庭教師がいなくても困らない。
このまま学園が始まる十三歳まで離れにいることになっても、問題はない。
そう思っていた。
バタバタとお母様と侍女たちが母屋に向かった後、
何もすることがなくソファに座って本を読む。
玄関のほうから人が入ってくる音がした時は、
お母様たちが戻ってきたのだと思っていた。
「へぇ、あなたがジュリアンヌ?」
「……誰なの?」
ドアを開けて入ってきたのは知らない女性だった。
黒髪に黒目。見たことはないけれど、とても綺麗な女性。
だけど、淑女らしい微笑みはなく、私をにらみつけていた。
「知らないの?私を?」
「ええ、知らないわ。侍女には見えないけど」
派手なドレス姿を見て侍女だとは思わなかったけれど、
どこかの夫人にも見えなかった。
普通の夫人が先触れもなく、お母様の許可なく入って来るとは思えない。
社交した経験はなくても、礼儀作法の授業は厳しく受けさせられていた。
「私が侍女?冗談じゃないわ。
泥棒の娘は本当に失礼なのね!」
「泥棒ですって?」
「ええ、そうよ。ヴィクトルは私と結婚するはずだったのに、
ロズリーヌのせいで結婚できなかったのよ!」
お父様と結婚するはずだった女性?
でも、そんなことを言われてもお父様とお母様の結婚は王命だった。
責めるのなら先代の国王陛下なのでは?と思ったけれど、
そんなことを言えば不敬になる。
「あなたたちさえいなくなれば、今からだって遅くない……」
「……どういうこと?」
にやりと笑った女性の顔が何かを企んでいるようで、
ここから逃げたほうがいいと本能が感じた。
立ち上がって逃げようとしたら、すぐに追いつかれて髪を捕まれる。
「ふうん。綺麗な金髪ねぇ。腹が立つわぁ」
「痛いっ!離して!」
「うるさいわね。ジム、早くして」
「奥様……本当にやるんですか?」
「いいから、早くしなさい!あなたも殺されたいの?」
「ひぅ……やりますって。……お嬢ちゃん、ごめんな」
大きな男性が女性の後ろから現れたと思えば、
私は口に布を巻かれ、担ぎ上げられる。
「!!!」
連れ去られると思い、大声を出して暴れようとしたけれど、
体格差がありすぎるし、口に布を巻かれているから助けを呼べない。
母屋から見えないように遠ざかり、馬車に乗せられる。
馬車には女性も一緒に乗っていた。
「ふふふっ。これで、これでようやく邪魔なものが消えるわ」
「……」
消える……私を殺す気なのかもしれない。
お父様と結婚したかったのは可哀そうだけど、私は関係ないのに。
「ふふ。あなた、自分は関係ないのにどうしてと思っているでしょう?
関係ないわけないのよ。ヴィクトルの血を引いているというだけで腹が立つわ。
ヴィクトルは私だけのものだったのに。
でも、いいの。……あなたを殺して、ロズリーヌもすぐに追い出すから」
楽しそうに笑う女性は小さなナイフを取り出す。
「奥様……馬車の中ではやめてください。
血で汚れると掃除が大変なんです」
「そんなの知らないわよ」
「いくらなんでも旦那様にばれたらまずいです」
「……わかったわよ。血が出なきゃいいんでしょう?」
何をするのかと思えば、女性は私の髪を切り始めた。
一房ずつ掴んで、ナイフで切り落とす。
みるみるうちに馬車の床に金色の髪が散らばっていく……。
「ふふふ。楽しいわ。みっともない姿ね」
あっという間にすべての髪を切り落とされ、床に重なった髪束を見つめる。
侍女たちに大事に手入れされていた髪の毛。
今の私の姿は見えないけれど、無残なことだろう。
ああもう、本当に殺されるのかもしれない。
そう思ったところで馬車が止まる。
もう一度男性に担がれて降ろされた所は小さな屋敷だった。
「ここに住むのもあと少しね。本当に長かったわ」
ため息をつくような女性の言葉で、ここが女性の屋敷なのがわかる。
「お母様!おかえりなさい!」
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