18. 巡回がずれる

「本当に、送っていかなくて大丈夫ですか?」


 町口での別れ際、秋月は鈴芽を気遣うように声をかけた。秋めいてきたとはいえ、正午を回った陽射しはまだ鋭い。鈴芽は、食料を詰めた籠を背負い直し、少し重たげに肩を揺らすと明るい笑顔を見せた。


「大丈夫です、食事もご馳走になったうえに笠売りまで手伝っていただいて。何のお返しもできず、すみません。本当に助かりました」


 秋月の後ろで、わずかに顔を背けて立つ護穀にも、鈴芽は半身を傾けて声をかけた。


「護穀さんも、ありがとうございました。身なりのこと、ちゃんと覚えておきます」


 鈴芽は一礼すると、護穀の反応を待たずにくるりと踵を返し、街道を歩き出した。秋月は手を振ってその後ろ姿を見送ると、すぐに表情を一変させ護穀の背に体当たり気味に肩をぶつける。


「女性に身なりのことを言うなんて、失礼極まりないですよ。マジで反省してください」

「俺は間違ったことは言ってない。秋月もそう思うだろ」


 揺るぎない語気に、秋月は頭を掻いて呆れた様子で首を振る。


「高い位置からの正論はただの暴力です。護穀さんもおれも、辺境の村で暮らしたことないじゃないですか。同じ物差しで測れないことなんて、いくらでもありますよ」

「……でも、そこから抜け出さなきゃ結局、同じ苦しみの繰り返しだ」


 その声には、抑え込んだ感情がかすかに滲んでいた。秋月はその表情をみて、ふぅと一息つき、護穀の背を軽く叩いて励ます。


「ちゃんと覚えておくって言ってくれただけ、良かったじゃないですか。さ、気を取り直して聴き取り調査のほう、片付けちゃいましょう」


「聴き取り調査? なんだっけ、それ」

「うーわ、やばい。マジで手が出そう」


 胸の前できつく拳を握りしめると、護穀は破顔した。


「うそうそ、それは俺がやっとくから。秋月は先に伊都屋に

「さむ〜」


 二人は戯れるように体をぶつけ合うと、それぞれの用事を済ませに町へと戻っていった。


***


「ありがとうございましたー!」


 蕾鹿用のきんつばを手提げに持ち、秋月が軽く頭を下げながら店を出る。周辺で情報収集しているはずの護穀を探してあたりを見渡したところ――思いのほかすぐ近く、入り口脇の木柱にもたれるようにして立つ姿が目に入った。


 護穀は腕を組み、何やら考え込んでいる様子だった。そのまわりには四人の町娘たちが立ち、時折笑い声を交えながら話しかけていた。みなどこか浮き立った様子で、背伸びをしながら護穀の反応を待っている。


(うわっ! こんな短時間で、もうはべらせてる!)


 店から出てきた秋月に気付き、護穀は町娘たちに軽く手を上げた。


「あ、連れの用事終わったみたい。話聞けて助かった、ありがとう」


 娘たちの名残惜しげな気配を背に、護穀と秋月は連れ立って町口へと歩き出す。


「……なんの情報収集してたんですかねぇ」

「いや、向こうから声をかけてくれたんだよ」


 秋月は肩を落とし、苦悶の表情で空を仰ぐ。

(男前の人生、楽そうで羨ましいな)


「んで、町娘のいい情報は掴めました?」


 軽口混じりに問いかけ、ちらりと横顔を見るが、その表情に笑みはなかった。任務へと意識が切り替わったのだと察し、秋月は軽く咳払いをして背筋を伸ばした。


「思った以上に、悪い知らせだ。町の周辺じゃない。町の中で、小穂成が目撃されている」

「まさか」


 秋月の表情が一気に強張る。

この町は、銀穂成の巡回経路からは大きく外れている。小穂成は、銀穂成の進行線上にしか現れない。逆に言えば、小穂成が現れた場所は、必ず銀穂成が通る。巡回の線から外れたこの町に出現するなど、本来、ありえないことだ。


(巡回経路のズレ――。にしても極端すぎる)


「今年の型は『陽』だった。つまり、次に出るうし型は『陰』。出現時間は夜になる。しかも、最悪なことに今年の周期は『五』だ」

「闘牛形状ですね。ただでさえ、あれの相手はキツいのに。でも町に出るなんて過去に前例がないですよ。何かの見間違いって可能性は?」

「見間違いであってほしいな」


 護穀は、思案するように遠くを見つめる。


「子型の消失時間から逆算すると、調査猶予は、およそ半月。場合によっては、丑型が出ないよう経路に現れる小穂成を全て刈っていくしかない。それはそれで、後々問題が出るが。とりあえず稲波隊長に報告して、指示を仰ごう」


「ですね。時間は少し早いですが、もう拠点に戻りますか」


 秋月が時計を取り出し、時間を確認する。針は未の刻(午後二時)を差していた。


「……村には無事、着いただろうか」


 ぽつりと落ちた護穀のひと言に、秋月は一瞬「ん?」と目を瞬かせる。次いで、低く「ほぉ〜ん」と声を漏らし、顎に手を当てた。


「そういうの、気にする人でしたっけ」

「いや。荷も随分重そうだったし、体調もまだ万全じゃなさそうだったからな」


 やや決まりが悪そうな表情を浮かべた護穀に、秋月は「それはまあ」と呟き、片手でひさしを作って空を仰ぐ。陽の位置はより高くなり、強い陽射しの熱を感じる。


——念のため、様子を見に行ったほうがいいかもしれない。


「じゃあ、ついでに村の方まわってきますか。八千代ならまだ余裕で間に合う時間ですし」

「そうだな」


 表情を緩めた護穀を見て、秋月はふっと笑った。

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