3. 銀の襲来と隊士
「
『何をもたもたしている! 報告を急げ』
「す、すみません! いま地図を」
青年が慌てて鞄を探ろうとしたとき、背後から伸びた手が彼の耳から伝令機を、そして双眼鏡を奪い取った。
「貸して」
背に長い三つ編みを垂らした隊服の女性が、双眼鏡を覗き込み落ち着いた声で言葉を繋ぐ。
「――代わりました、
伝令機に向かって彼女は矢継ぎ早に告げる。
「遊撃隊には既に出動を要請済みです。
葉鳥は片手で耳から伝令機を外すと、双眼鏡とともに青年へ投げ返し、物見櫓の降り口に向かって翻った。
「葉鳥さん、すみません。助かりました!」
慌てて頭を下げる青年に、葉鳥は小さく息をつき、淡々と返す。
「位置報告くらい、すぐできるようにしておいてください。私も現場に向かうので、引き続きこちらにも繋ぎ、随時状況確認をお願いします」
葉鳥は梯子を数段飛ばして跳び降りると、隣接の駐屯小屋に入った。壁に掛かった
外に出ると、白毛の
「サザレ。全速力で行くよ」
長い首筋を軽く叩き、手綱を握る。
サザレは低く唸り、次の瞬間には前脚を振り上げ、地を蹴って加速した。
「――第四回収隊、葉鳥。走駒・サザレで目標座標に向かって移動を開始。八房川到着予定時刻はおおよそ卯の刻半(六時半)」
『――第四防御隊、
『――第四遊撃隊、
『――蕾鹿。狩駒・ナリテ。卯の刻前に到着。以上。秋月、遅い。死んどけ。以上』
『――秋月。死なない。以上』
葉鳥は遊撃隊二人のやりとりに軽く笑いを漏らす。しかし、要請時刻を考えると蕾鹿隊長の到着速度は異常だ。おそらく報告を待たずに、すでに現場へ向かっていたのだろう。彼女は、穂成に対して勘が鋭すぎる。
八房川に繋がる森に入る。
サザレが地を蹴るたび、朝露に濡れた草が水を弾き、木々の香りが溶ける冷たい空気が鼻を抜けていった。絶え間ない揺れと風圧が全身を揺さぶり、戦いに向けた集中だけが残っていく。地面の起伏や岩の位置を正確に見極めながら、サザレは無駄のない走りで加速を続けた。
『葉鳥さん、すみません! 急報です』
物見櫓の青年から通信が入る。その声色に葉鳥は緊張感を高めた。
「何かありましたか?」
『何者かが、銀穂成と交戦を開始しました! 背格好から見て、刈人隊ではありません』
葉鳥の眉がぴくりと動いた。
銀穂成の米を狙う賊や密売人の噂はあったが――それにしても早い。刈人隊より先に気付くとなれば、組織的犯行の可能性がある。
「人数は?」
『一人です』
「一人?」
『はい。俺と同じくらいの若い男で、恐らく十七歳前後。軽装備ですし、民間人のように見えます。ただ、動きが異常に良くて』
葉鳥は勘考する。状況は分からないが、事態はより急を要することになった。通信を切り替え、蕾鹿に繋ぐ。
「蕾鹿隊長、報告です。現場に民間人がいます。十七歳前後の男で、単独で子型と交戦中とのこと」
『うーわ、クソ。まぁ、了解。――秋月、聞いてたよな? 卯の刻過ぎまでに必着。来れなきゃ殺す。以上』
『…………』
通信が切れた。葉鳥は、手綱を強く握り直す。前方。森の陰に霞む空が、少しずつ明るみを帯びていく。
保護対象、銀穂成、複数隊の到着――
いくつもの計算が、葉鳥の頭の中で並列に走っていた。
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