報われない努力を続けて早四十三年、なぜかいまさら剣の才能が開花しました
AteRa
第一部
第1話 報われない努力
冒険者ギルドの朝は、いつだって希望と喧騒に満ちている。
屈強な鎧を鳴らす若者、真新しいローブに身を包んだ少女、昨夜の武勇伝を酒臭い息で語らい合うパーティー。
誰もが富と名声を夢見て目を輝かせている。
俺のような男には少しばかり眩しすぎる場所だ。
そんな活気あふれるホールの隅、依頼掲示板の前で俺は静かに佇んでいた。
俺の名はシン・バーデン。
歳は四十三。
くたびれた革鎧は所々が擦り切れ、腰に差したロングソードも業物とは言い難い安物だ。
無精髭の混じる顔には、自分でもわかるほど長年の疲労と諦めが深く刻まれている。
「おい、見ろよ。またシンのおっさんがいるぜ」
「毎日毎日、飽きねぇよな。どうせ今日もゴブリン討伐だろ」
「四十三にもなって、まだ夢見てんのかねぇ。俺ならとっくに田舎に帰るけどな」
すぐ側で笑い声をあげる十代の新米たちの声が嫌でも耳に入ってくる。
だが、俺は気にする素振りも見せない。
あるいは見せる気力もない、と言うべきか。
もう何年も、何十年も浴びせられ続けた言葉だ。
いちいち腹を立てるだけの熱量など、とうの昔に冷め切ってしまっていた。
俺の前世、山田信二として生きた四十三年間は、過労死という形で幕を閉じた。
だから――この剣と魔法の異世界に転生したと知った時、固く誓ったのだ。
今度こそ、のんびりと楽な生活を送ってやると。
そのために幼い頃から努力をしてきた。
貴族でもない農家の次男の俺が楽な生活を送るには、金がいる。
手っ取り早く稼ぐには冒険者になるのが一番だと思った。
毎日毎日、日が昇る前から剣を振り、日が沈んだ後も魔法の基礎を学んだ。
どんな小さな努力も惜しまなかったつもりだ。
だが、なぜか芽は出なかった。
剣を振っても筋がいいとは言われず、魔法を唱えても微風しか起きない。
才能という壁は、あまりにも高く、分厚かった。
そして、気が付けば四十三年。
前世で死んだのと同じ年齢になり、俺が手にした称号は〈万年Eランクのゴブリン狩り〉というものだけ。
楽な生活とは程遠い、日銭を稼ぐので精一杯の底辺冒険者だ。
「……これにするか」
俺は、掲示板の隅に貼られた一枚の依頼書を慣れた手つきで剥がした。
『ゴブリンの巣の偵察および間引き。推奨ランク:E』
いつもの仕事だ。
受付カウンターへ向かうと、栗毛色の髪を揺らした新人の受付嬢が少し心配そうな顔で依頼書を受け取った。
「シンさん、今日もゴブリン討伐ですか? どうか、お気をつけて」
「ああ、ありがとう。行ってくるよ」
俺は短い感謝の返事だけを残し、とぼとぼとギルドを後にする。
胸を張って意気揚々とギルドを出ていく時期は、とうの昔に過ぎ去っていた。
***
森は湿った土と腐葉土の匂いがする。
俺は錆びついた剣を抜き、慎重に歩を進めていた。
今日の獲物はゴブリン。
弱い魔物の代名詞だが、油断すれば命を落とすのはどんな相手も同じだ。
四十三年間の冒険者人生で、それだけは骨身に染みていた。
「……いたか」
茂みの奥、洞穴の入り口に、棍棒を持った二体のゴブリンがいた。
見張り役だろう。
俺は息を殺し、ゆっくりと距離を詰める。
もう何度、この緑色の小鬼と殺し合ったことか。
前世で毎日デスクに向かっていたのと大して変わり映えのしない毎日だ。
違うのは、納期が己の命に変わったことくらいか。
俺の接近に気付いたゴブリンが甲高い奇声を上げた。
二体同時に襲いかかってくる。
俺は冷静に一体目の棍棒を盾で受け止め、二体目の攻撃を後方に跳んでかわす。
いつも通りの、泥臭い戦い方だ。
一体を蹴り飛ばし、もう一体と剣を交える。
キィン、と甲高い金属音。
体格ではこちらが上だが、相手は二体。
じりじりと体力が削られていく。
「ぐっ……!」
横から回り込んできた一体の棍棒が、俺の左腕を掠めた。
革鎧が衝撃を和らげたが、鈍い痛みが走る。
まずい。
集中が切れたか。
俺が体勢を崩したのを見て、正面のゴブリンが好機とばかりに棍棒を大きく振りかぶった。
脳天を砕く、必殺の一撃。
俺は咄嗟に盾を構え、衝撃に備えた。
――その瞬間だった。
世界が妙にゆっくりと見えた。
ゴブリンの振り下ろす棍棒の軌道が、まるで淡い光で描かれたかのように一本の線となって俺の目に映ったのだ。
(…………? なんだ、これ……?)
初めて見る奇妙な光景に思考が追いつかない。
だが、俺の身体は勝手に動いていた。
盾を構えるのではなく、ほんのわずかに首を傾ける。
ブンッ、と風切り音を立てて、棍棒が俺の鼻先を通り過ぎていった。
今まででは考えられない、神業のような回避。
呆気に取られるゴブリン。
しかし、俺自身が自分の動きに一番驚いていた。
味方のゴブリンの脇腹から伸びる、もう一匹のゴブリンの槍の突き。
それもまた、光の線としてハッキリと視えた。
俺は最小限の動きでそれをいなすと、身体を捻り、まるで水が流れるように剣を振るった。
ザシュッ。
今まで何度も弾かれてきたゴブリンの硬い皮を、剣がいとも容易く切り裂いた。
悲鳴を上げる間もなく二体のゴブリンが崩れ落ちる。
「…………」
静まり返った森の中、俺は返り血を浴びた剣を手に呆然と立ち尽くしていた。
自分の手を見る。
震えは、ない。
だが、理解が追いついていなかった。
(なんだ、今のは……? 身体が、軽い……? 剣が、まるで手足のように扱える……)
何というか、今まで身体の動かし方を間違えていたかのようだった。
どうすれば敵の攻撃を避けられるのか、どうすれば自分の刃が届くのか。
その答えを最初から知っていたのに、それを尽く避けてしまっていたような、そんな感覚。
ふと、四十三年間の日々が脳裏をよぎる。
楽な生活を送りたい。
その一心で、毎日毎日、愚直に繰り返してきた素振り。
寝る間を惜しんで読み漁った剣術書。
誰にも認められなくても、誰に笑われても、ただひたすらに続けてきた努力。
俺は天を仰いで、深く息を吐き出した。
「まあ……」
報われない努力を続けて、早四十三年。
「……なぜか調子が良すぎる日とか、たまにはあってもいいよな」
今さら唐突に努力が報われるとか、そんな淡い期待を抱いたりはしない。
前世も併せて八十年以上、これまで努力が報われたことなんてなかったんだ。
「急な覚醒イベントとか、そんな変な期待を抱くような歳でも、もうないしな」
俺はそう呟くと、淡々とした手つきでゴブリンの耳を切り取り、討伐証明の袋に詰めていく。
まるで、先ほどの超常的な体験など何もなかったかのように。
「さて……さっさとギルドに戻るか。今日の稼ぎでエールが一杯でも飲めるといいんだが」
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