嫌われたいぼく(ワケあり)を毎日甘やかしにくる年上の彼女
秋乃光
新学期の匂い
九月の空に、夏の匂いが漂っている。
この世界の夏は、話題に事欠かない。
盆踊りに、花火に、海水浴に、バーベキューに、その他、いろいろ。
思い出はキラキラしていて、夏休みは短い。
南から吹く風が、残り香を彼方へと運んでいく。
もっとふたりきりで過ごしたい季節だった。
*
この世界の『中学二年生』としての、二学期が始まった一日目。
ぼくがこの世界に来たのは『中学一年生』になる年の、春だ。
ぼくは、まだ、帰れていない。
「こんなの、
学校から持ち帰ってきた『進路希望調査票』の第一志望の欄に、ボールペンで『神佑高校』と書き込んでいるのは、ぼくの(この世界での)母上(にあたる人)ではない。
「まっ、
ぼくの彼女、ということになっている。本人曰く、
早苗は、行動が早い。不言実行の女だ。思い立ったら即。
「合格は、するだろうけれども……」
非常に困る。
ぼくには、帰らねばならない場所があるから。
「高校、楽しいよ? 悟朗さんとなら、もっと楽しいと思うなぁ」
早苗にわっしゃわっしゃと頭を撫で回されている。早苗が「デコ出しで、かっこいいじゃん。似合ってるぅ!」と言ったからオールバックにしているのに、こんなに撫で回されたらボサボサになってしまう。不満を訴えて、睨んでみる。
「住むところなら、問題なっしんぐー。早苗の家に、住も?」
ちっとも気にしちゃいない。早苗の言うとおり、ぼくの成績であれば、なんら問題はなく、早苗の通っている神佑高校に入学できるだろう。受験はまだ来年の話だが、早苗の年の入試問題は難なく解けてしまった。
「いや、家の問題でもなく」
この世界では、ぼくは桐生家の五男だ。桐生悟朗は、この世界に来てから(この世界の)父上にあたるソーイチローからいただいた偽名。表向きには“養子”として、男ばかりの五人兄弟の末っ子扱いを受けている。
桐生邸は
「えー。じゃあ、何が問題なのさ?」
早苗は、神佑高校の徒歩圏内のマンションに一人暮らしをしているのだが、毎日、ぼくの部屋に押し入ってきていた。夏休み前がそうであったように、夏休み明けの今日も、そうだ。夏芽家で雇っている運転手が、下校の時間に合わせて神佑高校の校門前に待機し、ここまで連れてくる。早苗としては、ぼくがこのマンションに住めば、送り迎えの手間は省けると考えたのだろう。
「桐生家にも、夏芽家にも、これ以上の迷惑はかけられない。中学を卒業するまでに、ぼくは、あちらの世界に帰る」
早苗には、理由を話した。一度話したから、わかってくれている、はず。なのに、早苗ときたら「悟朗さんのことを迷惑だなんて、誰も思ってないよ?」と、怪訝な顔をした。
「わたしは、悟朗さんと結婚してー、うーん、子どもは三人ぐらいほしいなー、それからー、おじいちゃんとおばあちゃんになってもずーっと仲良しでいたいんだけどなー? ダメ?」
「……」
後ろからぎゅっと抱きしめられたとて、同意したら負けだ。けれども、――そうしたいのはやまやまだから、ぼくは押し黙った。口にするのは、王族の矜持が許さない。
「そんなに悟朗さんが元の世界へ帰りたいのなら、早苗、ついていっちゃおっかなー?」
「ダメ」
「なんでー?」
「早苗は魔法が使えないから、あちらでは苦労する」
「むぅ」
背中のぬくもりが離れた。
早苗は、いい子だと思う。
優しい、気立てがいい、器量よし、裏表がない。
村長の姪っ子、という家柄を主張すれば、ぼくの本当の両親も納得してくれるだろう。早苗には『魔法』を言い訳にしたが、あちらの学校で学べば使えるようになるに違いない。ぼくだって、できれば、早苗についてきてほしい。
だが、早苗はいい子だから、村のみんなだけでなく、神佑高校でも人気者なのだろう。夏休みに出かけた先で、神佑高校の生徒と偶然遭遇したときは、ぼくを跳ね除けて囲まれていた。えらい目に遭ってしまったが、早苗が多くの人から愛されている何よりの証拠だから、嬉しさもある。
人々から、早苗を引き離して、ぼくだけが独占しようとまでは思わない。ましてや別の世界に連れ去ろうだなんて、きっとこの世界の神が許さない。
早苗が傷つかないように、ぼくは彼女に嫌われたい。
嫌われれば、後腐れなく、元の世界に戻れる。
「帰ってほしくないなー、やっぱり」
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