【親房 Side】不可抗力の姫君

なんだこの女。


小霧の初対面の印象はこうだ。


だっておかしすぎる。

笛を握って御簾から這い出してくる「姫」。


しかもそれを注意された瞬間、舌打ちが聞こえた。

絶対空耳じゃない。



違和感を抱えながらも言われるままに音を合わせることにした。

秋成が見たことのない顔をしていたからだ。

いつもはもっとこう静かで、動かない感じで――。


(確かめてやろうじゃねぇか)




びびった。




「すっげー、何これ、今のどうなってんの。俺ゾワゾワって……」

「良かったよね!? 最後のとこ、もうちょっと揺れないようにできる?がんばってみて」


なるほどと納得しかけたら、この女がまた御簾の中から這い出してきてぎょっとした。


「お前、恥じらいってもんはないわけ」


思わず呆れて注意すると、煩わしそうに返す。


「失礼だな、ちゃんとあります。必要な時しか発動させないの!」


(今は”必要じゃない時”ってことか)


黙ってりゃそれなりの見た目なのに、「残念」とはこういう女のことを言うんだろう。

部屋に通されて目が合った瞬間ドキッとした自分を絞めてやりたい。


「いいからさっきのとこ、もっかいやってみて。息継ぎしちゃダメ」


しかもいちいち、人が気にしてるとこを突いてくる。


「無茶言うな」


(できてりゃやってるっつうの)


けど言われっぱなしじゃダサ過ぎる。

意地でも吹ききってやろうと大きく息を吸うと、息継ぎなしで音を響かせてやった。



見たか。



横で聴いてた秋成が身じろぎして、こっちをじっと見た。


「あはは、爆音。秋成様、負けてるよ。音のキラキラ、虹色にできる?」


女は能天気に笑って、秋成に意味不明の指示を飛ばす。


「うん」


秋成は静かにうなずき音を広げた。


(これが”虹色”……?音の輪郭がはっきりした、か?)


女は秋成の音をうっとり聴いていたかと思うと、次の瞬間にっこり笑って、笛を構えて息を吸う――。




なんだこれ。




俺の知ってる"笛"じゃねぇ。


笛の音と息の音がぶつかり合って唸りを上げる。

頭のどこかがこじ開けられて、「音」を無理やりねじ込み切り付けられた。

ぞわぞわと体中が総毛立つ。


俺がただそこらに投げ出してた音が、みじめったらしく漂ってる。



今までやってたこと全部が腑に落ちた。

言われてきたことの意味がはっきりわかった。


見えてなかった音がいつの間にか形になって、手を伸ばせばもう届きそうだ。

それは明るく眩しく俺の目をくらませ、腕を、背中を撫で上げてくる。


笑いながら俺を空高く放り投げ、自分はそれを越えていく。


このおかしな「姫」、小霧との出会いはそんな感じだ。






そんな小霧に言い寄る奇特なやつがいると知ったのはその数日後だ。

評判の男が内裏で突然話しかけてきた。


「彼女に文を送ってるんだけど」

「――は?」


それまで実雅様とはほとんど話したことがなかった。

確か俺たちより5つ以上は年上で、向こうは家柄も能力も申し分なし。まぁ言うなれば「選ばれし者」だ。


初めは世間話だったはずだったのに、なぜか小霧の話になっている。


(小霧に文を――?)


実雅様がなんで小霧を?

生物学上は女だけど、はっきり言って全然わかんねぇ。

実雅様なら大人の女がよりどりみどりなはずだし、実際そんな噂はよく聞く。


「返事がいつも5文字でね」

「5文字?」


俺に話す顔を見て、一目でわかった。


(あいつ、終わったな)


こんな男に目ぇつけられて逃げられるわけがない。

小霧は笛以外はポンコツそのものだ。


「俺、何したらいいんすか?」


俺に小霧の話をする意味がよくわからない。


まさか牽制かーー?


実雅様は扇で口元を隠し、目を細めた。

楽しそうに言う。

食えない男だ。


「何も。ちょっと話してみたくてね」




そんな会話が気になって、なんとなく小霧に聞いてみた。


「小霧は実雅様の何がダメなわけ」


人当たりが良く気が利いてて歌も上手い。

内裏の女房連中には怖しいほど人気がある。


(何考えてんのかわかんねぇけど)


実際、家柄も能力も見た目も、条件的には問題ないだろう。

それにあんな男に抵抗するだけ時間の無駄だ。

こいつはいったい何と戦ってんだ?


(だいたい文の返事が5文字とか聞いたことねぇわ)


普通和歌って五七五で書くもんだろ?

いったいこいつら何やってんだ。


小霧が眉を寄せ、ぷりぷりした様子で言う。


「いや、だって北の方おくさんも子どもも恋人もいるじゃん?」

「そんなん普通だろ」


意味がわからん。

あの歳で嫁も子供もいない方がおかしいじゃねぇか。


あれか、物語の読み過ぎ的な。

女房たちがキャッキャやってるあの感じか?


「私はむり。飽きて捨てられるとか、最悪しぬかもなんだよ?」


(死――?)


こいつの考えることは本当によくわからん。

どうして飽き=死なんて発想になるんだ。


「そうとは限らねんじゃねえの?それにどの男も可能性は一緒だろ」


”結婚”がいやなのか――?

黒い瞳が細められ、こちらを睨む。


「ちかもそうなんだ?」



めんどくさ。



面倒すぎて聞いたことを後悔した。





それなのにもっと面倒なことになった。


「噂にならないようにだけ、気を付けてくれる?悪いね」


気を付ける?

気を付けるのはあいつだろ。


(御簾の中ひっこんどけっつっとけよ)



どうやら二人は結婚したらしい。

謎過ぎる組み合わせだ。


(俺は”結婚”に夢を見過ぎてたのか……?)


他の男どもがやるように、どこかの姫に文を送ったことがないわけじゃない。

けど、そのすべてがばかばかしく思えるくらいの衝撃はあった。

俺にとって性別のない「女」小霧と、”そんな”噂しか聞いたことのないような男の結婚。

しかもどうも男のほうがベタ惚れくさい。


わからん。


仕方ねぇから、「噂」にだけはならないように秋成と「気を付ける」ようにした。




のに――。




「だからさ、尚継のとこの姉だよ」

「花飾りの牛車に乗ってたって」


は――?


「お前尚継んとこしょっちゅう遊びに行ってんだろ?」

「どんな姫なの?見た?美人?」

「ちか、お前取り次げよ。どうせ実雅様って遊びだろ?」


(あいつなにやってんだ?)


内裏で妙な噂が流れていた。

花飾りの牛車――?



(……乗ってそうだな)



能天気に笛吹きながら乗ってんの、普通に想像つくわ。

その噂ってまじなんじゃねぇの。




「お前、“花の牛車の姫”って呼ばれてんぞ」


「……あやめ様の!」


やっぱ乗ってんじゃねぇか。


小霧は噂に心当たりがあるらしく、オロオロした。

一応気にはするらしい。


「どうしよう、お嫁にいけない」

「良かったな!嫁にもらってもらった後で」


何寝ぼけてんだよ。

意味のわからん噂に俺を巻き込むな。




「だからさぁ、尚継のとこの姉だよ」

「花撒きながら牛にまたがって笛吹いてたって」


しかも尾ひれがどんどん付いてく。


(ほんとあいつなんなの)


どうやったらこんなおかしな噂の的になれんの。


「え、それやばくね?」

「なぁちか、まじなの?」

「さすがにないわ。おかしすぎるだろ」


ほんと、俺もそう思う。

おかしすぎる。

でもこうなってくると、気味悪がって小霧に取り告げってやつはいなくなってくる。


はっきり言って助かる。




気味悪がってるうちは小霧なんて無理だ。

普通の女がいいなら小霧なんかに興味持つな。

どうでもいいとこで這いずり回ってるうちは、小霧なんてただのやべぇ女にしか見えなくて当然なんだよ。


あんな女いねぇ。




一回粉々に打ちのめされないとわかんねぇんだ。

あいつのことなんて。



俺らしか、打ちのめされたやつにしかわかんねぇ。


どんなに打ちのめされても、吸い寄せられる。

叩きのめされるためにまた挑んじまう。



その苦みを、あいつは脳天気に笑って投げつけながら、また俺を超えてくんだ。









<完>

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