愛はきっとおあいこ。③
「ごめんね、突然。びっくりしたろ」
運転しながら煌にそう言われて、咲太郎はいいえと言うかはいと言うか迷ったが、ここは素直にはい、と答えた。
助手席で小さくなる咲太郎に煌が笑う。煌は車を運転して近くの運動公園の駐車場に車を停めた。
「……今日君を見つけて声をかけたのは本当に偶然なんだ。光から君の大学がここだって聞いてたから近くを通った時にもしかして君がいるかもなと思ったのは確かなんだけど」
まさか本当に会えるとは思わなかったよ、と煌が言う。
咲太郎は煌になんと言っていいのか解らなかった。
すいません、と謝るべき? でも自分たちは悪いことをしているわけではない。けれど、家族の気持ちを思ったら関係ないとしらんぷりでいるのも違う気がする。
咲太郎だって、もし妹がそうだったら何かしらのショックは受けるに決まっている。
なんの心構えもない煌に、光の家でとんでもない醜態を晒してしまった事をどう謝ろうかと考えていたら、「ごめんね」と先に煌に謝られてしまって咲太郎は目を丸めた。
「こないだ、時間なくて放置したままだったろう? 咲太郎くん、不安だったんじゃないかと思って……光と付き合ってるんだよね?」
煌の言葉に、咲太郎の瞳が揺れた。
「えっと……その……はい」
光と相談していないのに、咲太郎の口から二人の関係を告白していいのか迷ったけれど、煌にはもう誤魔化すことはしたくなくて咲太郎は正直に答えた。
煌はそんな咲太郎を見てにこりと微笑む。
「光から、付き合ってるとは聞いてなかったけど、咲太郎くんの話は前から聞いていたんだ。テレビの中では落ち着いて見えるけど、あの通り実際はふわふわとした弟だろ? きっと君には色々迷惑をかけたんじゃないかってさ」
「そんな……」
恐縮する咲太郎に煌は続けた。
「高校もさ、絶対卒業しろって言ったのは俺なんだけど、結局辞めちゃっただろ? 最後の年は本当に楽しそうだったから……いい仲間ができたんだなって思ってたんだ。だから辞めるっていい出した時はがっかりしたと言うか」
光は違うというけれど、彼が高校を辞めてしまった原因の一端が自分の所為でもあるのではないかと思っている咲太郎は煌の言葉に胸がぎゅうっと苦しくなった。やはり、自分は光の足枷になっているのではないか。光といることによって芽生えた自信が、胸の痛みとともにしぼんでいく気がする。
「でも――」
けれど、続けて煌の口から出た言葉は咲太郎が思ったものではなかった。
「アイツ、辞める時言ったんだ。『煌兄、学校行けって言ってくれて有難う。オレ、高校行って本当に良かった』って」
「――」
しぼんだ心に、何かあたたかいものが流れて、急激に膨らんでいくような気がした。
泣きそうな顔で顔を上げた咲太郎に煌が微笑む。
「それって、君のおかげだろ。成宮 咲太郎くん。……俺は、ずっと君にお礼が言いたかったんだ」
「俺は、何も――」そう咲太郎が言いかけたけれど、何かが勝手に込み上がってきて目の前がぼやけてきた。ゴシゴシと目を擦る咲太郎に煌がハンカチを差し出す。煌は咲太郎から視線を外して車のハンドルに両肘を置いて懐かしむように言った。
「光はさ、俺がちょっと病んでた時期に、俺を元気づけるためにずっとニコニコしてたんだよな。……きっと、泣きたい時も、悩んでた時もあったはずなのに……いつも家族の中心で笑ってた。皆そんなアイツを可愛がってたけど、無理させてたんだろうなって思うよ」
だから。
「咲太郎くんには好き勝手言って、甘えて、でも年上ぶって……泣き言言って。ありのままでいられてるの見てさ、本当に良かったって思うんだ」
君には迷惑かけると思うけど、応援してるから。
そう言われた時には、もう煌が渡してくれたハンカチはビチョビチョになっていたけれど、咲太郎はなんとか「有難うございます」と煌に返した。
煌の車で二人のマンションに一緒に連れて行ってもらい、光には『お前の部屋の前で待ってる』とメッセージを送った。
煌は光が帰ってくるまで自分の部屋で待っていればいいと言ってくれたけれど、咲太郎はそれを断った。一秒でも早く光に会いたかったから。
20時過ぎにエレベーターの扉が開いて、扉が開いた途端光が駆けてきたのを見て、咲太郎は気持ちって、溢れるものなんだと唐突に思った。
「ごめん遅くなって! 長いこと待たせたよね? 本当にごめ――」
言い切らない内に光にぶつかる様に抱きついた。まだ部屋の中じゃなかったけれど、そんな事はどうでも良かった。
「さ、咲?」
光の部屋の前は光しか使わないから、他人に見られる心配はないけれど。いつもなら絶対にしない咲太郎の行動にびっくりする。
ぎゅうっと抱きしめてくる咲太郎の顔が触れた所が熱くじんわり湿って、小さく嗚咽を堪える咲太郎を光もそっと抱きしめ返した。
「……咲、ごめんね? 恥ずかしい思いもさせちゃったし、不安にさせたよね?」
隙間なく密着した頭が、小さく頷く。
「多分、煌兄にはバレちゃったけど。オレ、咲のことは胸張って紹介できるから……煌兄にはバレちゃってもいいやって気持ちがどこかにあったんだと思う。でも、なんの準備も打ち合わせもしてなかったのにあんな事になっちゃって……咲はびっくりしたよね。オレのいい加減な所が出た。本当にごめんなさい」
珍しく誤魔化さずに真摯に謝った光に、咲太郎はずびっと鼻をすすってノロノロと顔を上げた。
「……今回のことは、八割方お前が悪い」
はっきりと言われて「ゔっ……! ご、ごめん」と思わず唸る。
「でも――でも、俺もずっと拗ねてたし、それはごめん。……それに、俺のこと、好きでいてくれて……好きになってくれて。……ほんとに、ありがと」
出会った頃から光をとらえて離さない瞳が、光の目を真っ直ぐに射抜く。涙で濡れた瞳が綺麗で、滅多にない咲太郎からの告白に、まだ部屋の外ということも忘れて光は思わず咲太郎の口をふさいだ。
馬鹿みたいに長い口づけのあとに、お互い息が続かなくなってやっと唇を離す。
「馬鹿……なんで泣いてんの」
久しぶりに至近距離で見た光の顔に、咲太郎は自分も泣き笑いで笑った。
明日はまだ平日で、お互いに学校も仕事もあったけれど。お互い素直になることも大事だよねと、二人は同じ扉をくぐってぱたんと扉を閉めた。
❖おしまい❖
2025.8.27 了
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