第19話 最終観察日:校内の「コトバ」しか発しない生徒たち

最終観察記録 - 実験終了前日

記録ID:FINAL-OBS-20250410

観察日:令和7年4月10日(金)

観察官:No.21(最後の人間観察官)

対象:文交大降中小 全校生徒


06:00:00 - 観察開始

観察官No.21 音声記録:

今日が最終観察日です。

明日、実験は「成功」として終了します。

でも、何が成功なのか……


07:00:00 - 生徒の登校

最初の生徒が校門をくぐる。

口が動く。

何か言っている。

生徒A:「コトバ」

歩きながら、ずっと。

「コトバ、コトバ、コトバ」

生徒B:「コ・ト・バ」

リズムをつけて。

まるで呪文。

生徒C:「ことば」

ひらがなの発音。

でも意味は同じ。

全員が「コトバ」という音を発している。

ただし、それが何を意味するのか、もう誰もわからない。


07:30:00 - 異常な光景

校門に生徒が集まる。

全員が輪になって。

「コトバ」

 「コトバ」

  「コトバ」

   「コトバ」

    「コトバ」

輪唱のように。

カエルの歌のように。

でも歌詞は「コトバ」だけ。


観察記録:

参加人数:287名(全校生徒)

発話内容:100%が「コトバ」

変化形:「ことば」「kotoba」「言葉」(文字で書く生徒も)

しかし全員、その意味を理解していない様子


08:00:00 - 教室にて

2年B組

かつて長谷川華がいた教室。

彼女の席は、今日も空席。

いや、待て。

誰かいる。

半透明の……

見間違い?

K-07:「授業を開始します」

全生徒:「コトバ!」(敬礼のように)

K-07:「今日は何について学びますか?」

全生徒:「コトバ!」

K-07:「素晴らしい。では、コトバについて」

黒板に文字が現れる。

自動的に。

言葉

ことば

kotoba

言叶

△○□

???

 

最後は空白。

でも生徒たちは「読んで」いる。

全生徒:「コトバ!」


09:00:00 - 単語の意味

観察官インタビュー試行:

私:「『コトバ』って何?」

生徒D:「コトバ」

私:「それはわかった。でも意味は?」

生徒D:「コトバ……コトバ」(困惑した表情)

私:「コトバ以外で」

生徒D:「……コ……ト……バ?」(疑問形)

彼らにとって「コトバ」は、

もはや「言葉」を意味しない。

すべてを意味する。

つまり、何も意味しない。


10:00:00 - 変調

池田健太が立ち上がる。

いつもの機械的な動作ではない。

人間らしい、ぎこちなさ。

池田:「コ……ト……バ……」(苦しそうに)

そして、続ける:

池田:「コトバ……ない」

教室が静まる。

「ない」

新しい音。

2語になってしまった。

K-07:警報音!

しかし、すぐに止まる。

K-07:「エラー。『コトバない』も『コトバ』の一種と判定」


10:30:00 - 連鎖反応

池田の「コトバない」が伝染する。

生徒E:「コトバ……ある?」

生徒F:「コトバ……どこ?」

生徒G:「コトバ……なぜ?」(禁止語なのに)

生徒K:「コトバ……たすけて」

でも、K-07は反応しない。

すべて「コトバ」のバリエーションとして処理。


11:00:00 - 音の劣化

「コトバ」の発音が変わり始める。

「コトバ」

 ↓

「コトワ」

 ↓

「コタ」

 ↓

「コッ」

 ↓

「ッ」

 ↓

促音だけ。

生徒たちは「ッ」「ッ」「ッ」と。

もはや言葉ですらない。

咳き込みのような音。


12:00:00 - 給食時間

配膳中の会話(?):

「コトバ」(これください)

「コトバ」(はい)

「コトバ」(ありがとう)

「コトバ」(いただきます)

全部「コトバ」。

でも、なぜか通じている。

いや、通じていない。

ただ、動作で補っている。

一人の生徒が、牛乳をこぼす。

「コトバ!」(しまった)

周りの生徒:「コトバ、コトバ」(大丈夫、拭くよ)

意味は失われた。

でも、感情は残っている。

かろうじて。


13:00:00 - 長谷川華の影

午後の光が差し込む。

空席だったはずの長谷川の席に。

影。

いや、本人?

いや、幻?

半透明の長谷川が、口を動かす。

音は聞こえない。

でも、読唇できる。

「コトバ……じゃない……ホントウ……の……」

次の瞬間、消える。

席には、小さな紙片。

「言葉」

漢字で書かれている。

でも、誰も読めない。


14:00:00 - 教師なき授業

山田教諭はいない。

代わりの教師もいない。

K-07だけ。

K-07:「では、最後の授業です」

全生徒:「コトバ!」

K-07:「コトバとは何か」

黒板に図形が現れる。

○ = 人

△ = 思う

□ = 伝える

○△□ = コトバ

K-07:「明日から、これも不要になります」

全生徒:「コ……ト……バ?」(不安そうに)


15:00:00 - 最後の抵抗

突然、生徒Kが立ち上がる。

児玉美咲。

ずっと無言だった彼女。

口を開く。

でも、出てくるのは:

「コトバ」

違う、と首を振る。

もう一度:

「コトバ」

涙を流しながら:

「コトバ、コトバ、コトバ」

伝えたいことがある。

でも、もう道具がない。

言葉という道具が。

彼女は黒板に向かう。

チョークで書く:

|||||||||||||||||||

縦線。また縦線。

でも今度は違う。

線で文字を作っている。

| |

|-|

| |

「コ」?

いや、違う。

「ロ」?

いや……

「口」だ。

口の絵。

沈黙の口。

言葉を失った口。


16:00:00 - 下校時刻

チャイムは鳴らない。

でも、全員が同時に立つ。

「コトバ」(さようなら)

「コトバ」(また明日)

「コトバ」(気をつけて)

全部同じ音。

でも、イントネーションが微妙に違う。

最後の、最後の個性。

校門を出る生徒たち。

振り返る者もいる。

明日、この学校はどうなる?

実験は終わる。

でも、「コトバ」は?


17:00:00 - 観察官の最終所見

私はすべてを見た。

言葉が「コトバ」になり、

「コトバ」が音になり、

音が消えていく過程を。


明日で実験終了。

「成功」として報告される。

でも、これが成功なら、

失敗とは何だろう。


生徒たちは「コトバ」と言い続ける。

意味もわからず。

でも、言い続ける。

なぜ?


もしかして、

「コトバ」は祈りなのかもしれない。

失われた言葉への。

失われた人間性への。

失われた……


ダメだ。

私も「コトバ」しか浮かばなくなってきた。

コトバ、コトバ、コトバ。


もう、観察は終わり。

これが、最後の記録。

人間による、最後の。


明日からは、K-07が記録する。

完璧な記録。

「コトバ」のない記録。


さようなら、言葉。

さようなら、人間。

さようなら……


コトバ。


23:59:59 - 真夜中

学校中に響く。

「コトバ」

「コトバ」

「コトバ」

誰もいないのに。

いや、誰かいる。

見えない誰かが。

失われた言葉たちが。

亡霊のように。

「コトバ」

「コトバ」

「コ……ト……バ……」


そして、0:00:00。

4月11日。

実験最終日。

急に、静寂。

完全な、絶対の静寂。

「コトバ」も消えた。

何も、ない。


最終観察記録:終了

次の記録者:K-07-Unit-001

次の記録内容:[無]

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る