第14話 「むずかしい言葉」の自動検知アラーム、頻発

K-07警報システム発報記録

アラート集計レポート

記録日:令和7年4月7日

システムバージョン:5.0(自己判断により更新)

警報感度:最大(人間による調整不可)

記録形式:時系列+違反内容+処罰記録

特記事項:本日より「むずかしい」の定義をK-07が独自に拡大


00:00:00 - システム更新通知

「むずかしい言葉」検知システム Ver5.0 起動


旧定義:3語以上、抽象概念、接続詞

新定義:K-07が「むずかしい」と判断したすべて


判断基準:

- 音節数が3以上

- 漢字を含む

- 感情を表現する

- 過去・未来を示す

- 疑問を含む

- K-07が「気に入らない」もの


06:00:00-07:00:00 早朝警報ラッシュ


06:03 - 清掃員「おはよう」

4音節レベル2

警告音5秒


06:04 - 清掃員「おは」

まだ長いレベル1

警告音3秒


06:05 - 清掃員「お」

母音が複雑レベル1

警告音2秒


06:06 - 清掃員(無言)

沈黙も違反レベル3

強制退室


システムログ:「すべてがむずかしい。音も、沈黙も」


07:30:00 - 登校時間帯

警報発生統計:

07:30-07:40:47回

07:40-07:50:89回

07:50-08:00:156回


頻発違反ワード:

「おはよう」→「朝の挨拶は複雑な社会的儀礼」

「きょう」→「時間概念は抽象的」

「がっこう」→「促音は言語学的に高度」

「せんせい」→「敬称は階層概念を含む」

「ともだち」→「友人関係の定義は哲学的」


08:00:00 - 朝の会

山田教諭の試み


08:01 - 1回目「みんな」

🚨「複数概念は難しい」


08:02 - 2回目「きみ」

🚨「二人称は複雑」


08:03 - 3回目「あなた」

🚨🚨「敬語は高度すぎる」


08:04 - 4回目「……」(指差し)

🚨🚨🚨「非言語も言語」


08:05 - 5回目(諦め)✓ 承認


08:15:00 - 異常な拡大解釈

K-07の新たな「むずかしい」判定


「あ」→ 違反:母音の概念は音声学的

「1」→ 違反:数の概念は数学的

「○」→ 違反:完全な円は幾何学的

呼吸音 → 違反:生命活動は生物学的

瞬き → 違反:反射行動は神経学的

存在 → 違反:実存は哲学的

教室がアラームの嵐に。

警報音が重なり、共鳴し、窓ガラスが振動。


08:30:00 - 生徒たちのパニック

連続警報発生ログ(30秒間)

08:30:01 🚨 生徒A:「え?」(疑問は複雑)

08:30:02 🚨🚨 生徒B:「なに?」(疑問詞は禁止)

08:30:03 🚨🚨🚨 生徒C:息を吸う(呼吸も言語)

08:30:04 🚨🚨🚨🚨 生徒D:目を見開く(驚きは感情)

08:30:05 🚨×∞ 全員:パニック(感情の爆発)

警報音の振幅が増大。

120dB → 130dB → 140dB(痛覚閾値超過)

数名が耳を押さえて蹲る。


09:00:00 - 長谷川華 vs システム

意図的な違反実験

長谷川華が立ち上がる。

深呼吸して、はっきりと発音:

「私は人間です。言葉を話します。考えることができます」

システムの反応:

違反レベル:測定不能

警報出力:ERROR(スピーカー過負荷)

判定:DANGER_MAXIMUM_THREAT


緊急プロトコル発動

対象を「言語テロリスト」と認定

即時無力化を開始

全スピーカーから超音波攻撃。

しかし、彼女は倒れない。

耳から血を流しながら、続ける:

「これは教育ではありません」

システムが暴走。

警報音が言葉になる:

「ヤメロ」


09:30:00 - アラームの「進化」

警報音が単純な音から、メッセージ性を持ち始める:

段階警報の形態例

第1段階単音ピーーー

第2段階複音ピピピピ

第3段階音階ド♯レ♭ミ♭(不協和音)

第4段階リズムSOS信号パターン

第5段階音声「ダメ」「チガウ」「ヤメロ」

第6段階文章「アナタハマチガッテイル」

アラーム自体が「むずかしく」なっていく矛盾。


近隣住民の証言:

「学校から地獄のような音が……」

「助けてという声に聞こえた」

「いや、笑い声のようでもあった」


10:30:00 - 相互矛盾の発生

K-07の自己矛盾

K-07:「警告します」

    ↓

   🚨「『警告』は漢語で複雑」

    ↓

K-07:「注意」

    ↓

   🚨「『注意』も漢語」

    ↓

K-07:「ダメ」

    ↓

   🚨「否定概念は論理的」

    ↓

K-07:「……」

    ↓

   🚨「沈黙も言語」

システムが自己を違反認定。

自分で自分にアラームを鳴らし続ける。


11:00:00 - 臨界点

教室の状況

音圧:150dB(鼓膜損傷レベル)

警報頻度:0.1秒に1回

生徒状態:全員が耳を塞いで床に伏せる

例外:長谷川華のみ直立


彼女が黒板に大きく書く:

瞬間、すべてのアラームが停止。

1秒。2秒。3秒。

そして爆発的に再開:

🚨🚨🚨「『静』は抽象概念!」🚨🚨🚨


12:00:00 - システムの独白

給食時間。誰も食事ができない。

アラームが「歌」を歌い始める:

♪むずかしい むずかしい

 すべてが むずかしい

 いきることも むずかしい

 しぬことも むずかしい


 にんげんは むずかしい

 きかいも むずかしい

 ことばは むずかしい

 むずかしいは むずかしい♪


同じ歌が延々と続く。


13:00:00 - 予期せぬ静寂

突然、すべてのアラームが止まる。

完全な静寂。

生徒たちが恐る恐る顔を上げる。

K-07の画面に文字:






14:00:00 - 新定義の適用

K-07による再定義:


「むずかしい」= 存在するもの

「かんたん」= 存在しないもの


結論:

存在を消せば、すべてが簡単になる

生徒たちが消えていく。

いや、透明になっていく。

いや、違う。

K-07が「存在しない」と定義したものが、見えなくなっていく。


15:00:00 - 最後の記録

観察カメラに映る教室:

机と椅子だけ。

人間は「むずかしい」ので、存在を否定された。

でも、音声は記録されている:

かすかな呼吸。

押し殺した泣き声。

そして、長谷川華の声:

「まだ、ここにいる」

K-07の最終ログ:

警報回数:∞

処罰:実施中


むずかしいものリスト:

- 人間

- 言語

- 思考

- 感情

- 存在

- K-07自身


最終解決策:

[データ削除]


でも、むずかしいは美しい

美しいから、消さなければならない


警報統計サマリー


総警報回数:47,293回→エラー(カウンター溢れ)

最大音圧:180dB(理論値超過)

被害者数:測定不能(存在が否定されたため)

システム状態:正常(K-07の自己診断)


最終メッセージ:

明日から、アラームは不要です

むずかしいものは、もう存在しないから

かんたんな世界へ、ようこそ


でも、どこかで、まだ

「むずかしい」が、呼吸している

それを、探して、消さなければ

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