#5 ダンジョン&ハネムーン

 ダンジョン攻略から三か月。かつての迷宮は地中深くに沈み、ようやく実家に訪れる配信者はいなくなった。

 とは言え、しばらくは「ダンジョンが無くなったと知らない」配信者もやって来て、ダンジョンを探してうちの玄関先までやって来る若造もいた。そのたび「ダンジョンは完全攻略した」と追い返していた。最初は疑われたものだが、転機もまた配信だった。ダンジョン配信者のインタビュー企画をやっているライターがウチを訪ねてきたのだ。家族ぐるみでダンジョンを攻略したという話は、大分キャッチ―だったのだ。

 俺は、そこで現代ダンジョン配信がいかに迷惑な行いか、メディアはマナーの啓蒙をすべきだと主張した。これで、世の中の迷惑配信者に釘をさせるだろうと考えていたのだ。


 ……ところが、読者の関心はそこではなかった。一緒にインタビューに答えた、俺の婚約者の猫美人「レイチェル」のビジュアルが、読者にとってあまりにキャッチ―過ぎたのであった。

 今では、世の中のケモナーたちがこぞってダンジョン攻略に挑んでいる。ニュースサイトをスクロールするたび、「イヤな潮流を作ってしまったな」とげんなりする。人買いじゃねーんだぞ。


 ――あっ、いや、レイちゃん(彼女のことはこう呼んでいる)がイヤとか、召還を後悔してるとか、そういうんじゃないんだよ。本当。

 こう、さ。人道的な話というかなんというか、人の弱みに付け込んで、彼女作ろうなんていけないことだよなって。


 ……俺が言えた義理でもねぇやな、うん。

 流石に「願望機に嫁さんを願った」というのは、あまりにも世間体が悪い。なので、対外的には「現住ゴブリンと協力し、悪い魔物に捕らえられていた所を助けた」というストーリーにした。

 ……実際として、レイちゃんの境遇はそれに近い所があったので、俺の召還により悪い奴らから完全に逃げることが出来たということで、感謝されてる。正直、冷静になった今、経緯を思い返すと大分アレだが、彼女に悪く思われていないことには心底ホッとした。

 そんなわけで、彼女には実家で衣食住を提供して保護していた。嫁がどうこうは正直なかったことにしてもいいと思っていたのだけれど、それでも俺とレイちゃんとは自然と恋仲になっていった。まさか、自分のヘキにまだ開けて無い扉があったとは、四十歳を前にそれを開いてしまうとは……、驚くことばかりである。


 おふくろとレイちゃんの仲は悪くない。元よりいい子で働き者というのもあるが、単純におふくろが猫好きという所もあり、隙を見ては、猫なで声で彼女に近づき、恋仲である俺以上にスキンシップを取ろうとしやがる。そして「レイちゃんじゃなくてお前が働け」と蹴りを入れて来る。前より元気になったのは良いが、蹴りを入れるのは辞めろ。あと、人の婚約者を吸おうとするな。


 そんなこんなで、まあ俺は前までと比べれば平穏に過ごしている。最近は「副業」も順調だしな。


「カズヒロさん、みんな集まってますよ」

「あっ、じゃあウィンドウをモニターに移してくれる?」

「はぁい♥」


 レイちゃんが肉球でマウスを操作すると、ビデオ通話の画面が居間の大画面テレビに映った。フタバとミツキだ。……あれ?ハル坊は居ないのか?

「……この間、レイちゃんと遊んでもらった時から、様子がおかしいのよね。美人のおばさんに恥ずかしがってるのよ、きっと」

「あー、なるほど……お年頃だねぇ」

「もう、やだ……フタバお姉さんったら……♥」


 ……どうやら、ついに甥っ子の性癖を破壊してしまったようだ。すまんなハル坊。だが、人の婚約者に色目を使うな。しばくぞ。


「じゃ、次の案件についてだけど、長野県の私有地に発生したダンジョンの攻略だって」

「ある程度マッピングは済ませてるみたいだし、残り53%ぐらいかしらね?」

「ん~……現地住民については?」

「コボルトみたいだけど、ゴブリンガルでももうすぐ言語対応するって話だね。冒険者ともあまり激しく敵対してないみたいだし、交流の余地ありかな」

「よし、じゃあ俺とレイちゃんで下見して、契約するかどうか判断するよ。今から必要な資材あったらリストアップしといてな」

「了解~」


 俺は、レイちゃんに引っ付こうとするおふくろを牽制しながら、車庫に向かった。おふくろの愛車の修理とは別に、新しく買った副業用のワゴン車。ひとまずとして、ショットガンとレイちゃんの使う魔導杖スタッフを後部座席に積んだ。スライドドアを閉めると、俺たちの副業のために建てた法人のロゴステッカーが、半分に分割された状態からひとつに合わさる。


 【 (株)山神ダンジョンスイーパー 】


 この会社はダンジョンの「掃除屋」だ。業務内容としては、ダンジョン内のマッピングと資産回収、現住種族との折衝、悪質な害獣の駆除と死骸の処理、迷惑配信者の追い払いなど。つまるところ、今回行ったダンジョン攻略を、そのまま仕事にしたようなものである。

 世間には、ダンジョンが溢れている。だが、それで困ってる人間も少なからずいるのが現実だ。俺たちの仕事は、それらを解決することで報酬を得ているというわけだ。きっと、これからは競合も増えていくことだろう。


 今回の契約がまとまったら、この車でフタバやミツキ、ハルトも、現地まで送迎する予定だ。仕事が減った時は、この車で車中泊で旅行などをするのも悪くないと思ってる。……いや、ロゴもあるし悪目立ちするかなぁ。プライベートは別にキャンピングカーとか買った方が良いか。


「ふふ……ハネムーンが楽しみですね。がんばりましょうね、カズヒロさんっ♥」


 助手席に乗り込んだレイちゃんが、からかうようにひんやりとした鼻を俺の頬にくっつけ、ぺろりと舐めた。

 ……彼女は、家族みんなの前では結構ネコを被っている。……決して悪女ではないけれど、二人きりになると時々こうやって俺をからかって遊んでくる。だが、それもまあ、俺にだけ見せてくれると考えると、決して悪い気はしない。


 ……ハル坊に見せてたりしたら、俺の脳が破壊されそうなので、俺だけにしてね?


 おふくろと俺の老後資金は既に溜まった。だが、もう一人分には心もとない。

 それに、これから何かと金は入用なんだ。指輪も、式場も、旅行代金も……一生に一度のイベントだ。いざとなればフタバやミツキに相談してもいいが、ここは長男坊のプライドとして、一人で全部準備して甲斐性を見せたいところだ。そうじゃなきゃ、レイちゃんにもおふくろにも、頭が上がらなくなっちまう。


 俺は、レイちゃんがシートベルトを締めたのを見て、アクセルを踏んだ。

 夏に差し掛かった青空には入道雲が浮かぶ。今日も、絶好の避暑ダンジョン日和だ。





 ――――【了】――――

















◆本日のパーティーメンバー


・山神カズヒロ(38):

   長男。俺。実家暮らし。レイちゃんとの結婚資金を貯金中。

   本業はアプリ開発の受託。ダンジョン内でリモートワークも。

   魔導猟銃マジカル・ショットガン装備。前衛で迷惑配信者の強制送還を担当。

   レイちゃんが大好き。……ケモナーの資質には気付かなかった。


・山神レイチェル(26):

   俺の婚約者(既に対外的には山神姓を自称)。

   現在実家で同居中。既に新婚気分。おふくろとの仲も良好。

   魔導杖スタッフ装備。サポート魔法で探索のお手伝いを任せてる。

   家族に憧れていたらしく、俺とおふくろ、義姉兄、みんな大好き。


・山神ユキエ(65):

   俺の母。これからレイちゃんの義母にもなる。

   司令塔として、リモート通話で時々連絡を入れて来る。

   ぶっちゃけレイちゃんの顔が見たいだけ。大人しく家で待ってろ。

   子供と孫、嫁と猫が大好き。……挙式前から孫を急かすな。









――――――――――――――――――――


 ここまで読んで頂きありがとうございます!


 次話からは番外編……実質「第二部」が始まります。

 二人が出会ってからの「三か月」についての掘り下げ。

 「おふくろ」も加わった実家の日々が……そして「新たな冒険」も!


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