二日目 少女執事の配膳

 ここはどこにでもある、街角の豪邸。

 平穏な街の一角に溶け込んだ、広くて豪華でレトロな洋館。


 そんなだだっ広い館の、これまただだっ広い執務室から。

 本日の一幕は、はじまりはじまり。



 ✿―――❀―――✿



「……ご主人様。……お茶が入ったわ」


 その少女執事の声に、己の思考世界にトリップしていた少女の主たるサクラは、ハッとなって帰還した。


「――ああ、すまないね。……ありがとう、リリィ」

「……ん。……あったかい内に、召し上がれ」


 こと……っと音を立て置かれたティーカップが、スラリとした特注の執事服バトラースーツをまとった少女執事の手によって、すっと差し出される。

 その仕草が、なんとも愛らしい様が目に映り、サクラの頬に窪みが浮かんだ。


「んっ……。ちょうど良いから休憩にするか。リリィも一緒に飲まないか?」


 軽く伸びをしながら問いかける。

 しかし生真面目な少女執事は、無表情を顔を張りつけたまま、ふりふりと首を振った。

 

「……ご主人様、それはダメ。……執事がご主人様と一緒の席に着くなんて」

「そのご主人様が、一緒に飲もうと言っているんだが」


 微笑がついつい苦笑に変わる。

 本当は割とお茶目なのだが、妙に生真面目なのである、このリリィという娘は。


「……でも」

「でも、じゃないよ。折角リリィがれてくれたんだ。私も、一人より二人で味わいたいんだよ」


 ダメ押しのように、ニコッと笑いかけてみる。

 リリィはその顔を見て、無表情ながら、どこか悩むように眉根を寄せた。


「……じゃあ。……ご主人様が一口、まず飲んで。……そしたら、考える……」


 ふいっと顔を背けつつ。

 ぽそぽそとつぶやく。


 その様子に、思わず満面がほころんでしまう。


「わかった。じゃあ先に一口、いただくよ」


 カップを手に取り口元に寄せる。

 ほわりとした湯気が、口元を温める。


 その香りを鼻で味わいつつも、すぅとカップのふちを唇につけ。


「……んっ、なんだか嗅ぎ慣れない香りが…………ぶふっ!!」


 口に含み、違和感。

 そして得体の知れない雑味に、堪らず吹き出した。


「な、な……?」


 口元がはしたなくもびしょびしょになった事にも構わず、思わずその茶を淹れた少女執事の姿を見やれば。


「……いえーい。……ドッキリ、だーいせーいこーう」


 無表情のまま、むふーと鼻息を吐き出しつつ、ダブルピースをかますリリィのドヤ顔があった。


「……してやられたというわけか……?」

「……いちおう、苦いけどお身体に良い、蓬莱青葛ホウライアオカズラの葉を混ぜてるのよ。……ちょっと濃いめに煮出してるけど」

「ギムネマ茶かい。……そりゃ、そうと知らずに飲んだら吐くわ、私でも」


 ホウライアオカズラ、学名ギムネマシルベスタ。

 その名を冠すギムネマ酸の働きにより、独特の強い苦味を持つことで知られている。


「ああ、だから自分リリィは飲まなかったのか」

「……だって、ギムネマ茶、美味しくないから……」

「もうちょっとご主人様に敬意を払いなさい、お前は」


 リリィは表情があまり出ない娘ではあるが、そこはかとなく楽しそうな雰囲気で言うものだから。


「……まったく、もう」


 サクラもあまり強くは言えなくなり、そのままその小さな頭や顎に手をやって、くしゅくしゅと撫でてやった。


 それをくすぐったそうに受け止めながら、リリィはぽつりと口にする。


「……最近ご主人様、ちょっとお腹をさすっておられる場面が多かったから……」

「む」


 指摘されて、咄嗟にまばたき、心で舌打ち。


 ギムネマ茶には、簡単に言うと、お通じの改善に効果があるとされている。


 周囲にバレないようにしていたつもりだったが、どうやらこの有能な少女執事にはバレバレだったらしい。本日二度目の『してやられた』に、サクラの口元がぐにゃりと歪む。


「……やれやれ。私に気を遣って、って事か。そいつはすまなかった。……てっきりただイタズラをされたのかと」

「……勿論、ただのイタズラなんだけど」

「おぉいっ!」


 速やかに突っ込んだ。

 少しばかりしめやかになりかけていた空気は、あっという間に霧散した。

 

「……昨日の、行き過ぎたご褒美への、“めっ“……でもあるから」


 人差し指をぴんと立てて、ほんの少しだけ頬をぷくり。


「昨日って……。ああ、ロゼへのあれか」


 読者である諸姉諸兄には、『一日目』を思い出していただきたい。


 なに? まだ読んでない?

 それは良くない、今すぐブラウザバックして読みに行くのだ。


「ごめんごめん。つい、ね。私の中の『大好き』が抑えきれなかったのさ」

「……うん。ご主人様の愛情深さは、分かってるの」


 照れ笑い、お互いに。

 でも。リリィはそう続けて。


「……でもあれは、やり過ぎ」

「……はい」


 素直に頭を下げると、後には、むふー、と可愛らしい鼻息が残って。


(まったく。なんのかんの言いながら、面倒見のいい娘だよ)


 だからやっぱり、サクラの口元には、柔らかな優しい歪みが浮かぶのだ。



 するとドタドタと、遠くから無遠慮な足音が聞こえてきて。


「――あっと、ご主人、ここに居た!」


 ばたん、と扉が開かれると、メイド服フレンチメイドアウトフィット姿の少年が姿を現した。


「あのさ、ご主人……」

「……もうっ! ご主人様のお部屋に入る時くらい、ノックしなさい、ロゼ!」

「あ、や……、今それどころじゃ……!」


 ぷんぷんと。

 腰に手を当て怒るリリィに、メイド服の双子の兄は、しどろもどろと言い訳を始める。


 いつもの、見慣れたその景色に。

 ……ご主人様の顔には、またぞろ、満面の笑顔の花が咲いて。


「まったく。可愛いな、お前たちは!」

「わわっ! なんだよご主人!」

「……ご主人様、暑いぃ……」


 がばりと、二人を抱きしめるのだった。



 ✿―――❀―――✿



 色々大きい愉快なご主人、サクラと。

 彼女に仕える少年メイド、ロゼ。そしてその双子の妹にして少女執事、リリィ。


 この物語は、彼ら彼女らの笑顔溢れる愉快な毎日の一幕である。



「……なんか、おれの時と、空気違くない……?」

「……ロゼとリリィの、人徳の、差」



 彼ら彼女らの愉快な毎日は、これからも続いていくのである。


 続くったら、続くのである。

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ご主人様は双子が可愛くてしょうがない ムスカリウサギ @Melancholic_doe

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