ご主人様は双子が可愛くてしょうがない
ムスカリウサギ
一日目 少年メイドのご褒美
ここはどこにでもある、街角の豪邸。
平穏な街の一角に溶け込んだ、広くて豪華でレトロな洋館。
そんなだだっ広い館の、これまただだっ広いお庭から。
本日の一幕は、はじまりはじまり。
✿―――❀―――✿
「……なぁ、ご主人……?」
ふわり、流れた風に、
「……どうしたんだい、ロゼ? 改まってさ」
少年のすぐ後ろ、それこそ本当に目と鼻の先、いや、後ろ頭と鼻の先。
はらりと美しい銀色の髪を背中に流しながら、少年よりも随分と背の高いご主人は
ロゼ、と呼ばれた少年は、舞い上がる黒髪を、その上に着けたヘッドドレスごと、くっと押し潰しながら、
「いや、さ……」
ロゼはくしゃりと歪ませた表情のまま。
言いづらそうに、言いにくそうに、唇を何度も動かして、やがてきゅっと引き締めると意を決したように口にした。
「…………邪魔」
ぴたり、と。ふわりと舞い上がっていた少年の黒髪が、急に重力の存在を思い出したかのようにゆっくりと下降し、動きを止めた。
「……そんな冷たいことを言うんじゃないよ。ご主人様、泣いちゃうぞ?」
少年の後ろ頭のすぐそこには、ご主人の鼻。
「泣いてもいいから、いい加減離してくれよ! 鼻息が頭に当たって気持ち悪いんだよ! っていうか離してくれねぇと仕事が出来ねぇんだよぉっ!」
つまらなそうに文字通り泣き言を言うご主人に、ロゼは手にした
「何を言っているんだ。キミは今しっかり職務を果たしているじゃないか、私の心の癒しになってくれているじゃないか」
「あんたが何を言っているんだ!?」
軽やかで、しかし品も質も良いメガネのフレームをくいくいっと持ち上げつつ、ご主人は真面目くさった声で
やたらと大きな全身をもって、ぎゅうと押し付けるように愛おしむように少年メイドを強く抱きしめる。
「離せぇ! おれの今の仕事は掃除であって、
がっちりとご主人にバックハグされたまま、ロゼはじたばたともがいてみるのだが、その体格差はいかんともしがたく、その腕を振りほどくことは出来なかった。
「すぅ……はぁ……♡ ああ、やっぱり疲れている時は、ロゼ吸いに限るねぇ……。力がみなぎるようだよ」
そんなロゼの思惑など、からっきし興味も示さずに、少年メイドの後頭部に首筋に、鼻と唇を極限まで近づけて、いやくっつけて深く呼吸を繰り返すご主人である。
「は、離せーーっ! このド変態ご主人!!」
「いやはははは、なにを恥ずかしがっているんだい。こんな綺麗で大きなお姉さんに抱きしめられて、あまつさえ匂いを嗅がれるなんて、最早ご褒美以外の何物でもないだろう、感謝したまえよ」
「“最早“じゃねぇよ! 自分で“綺麗な“とか言ってんなよ! 普通にセクハラ案件だよ! あとおれにそんな
「ふふふ、そうかいそうかい。私にはあるんだよ、ロゼを吸わないと元気が出ない
「本当の本当に残念だよ、くそったれ!!」
「……おや」
そう、ご主人とロゼが
ふと、と言わんばかりに、一人の少女が通りすがった。
「リリィ、良い所に! このご主人をひっぺがすの、手伝ってくれ!」
その姿を認めたロゼは、ようやく助けが来たとばかりに手を伸ばした。
伸ばされた手に、しかし、リリィ、と呼ばれた少女は自らの手をスラリとした
「……ロゼ。……“くそったれ“とか、……そんな下品な言葉を、ご主人様に向かって使っちゃ、……ダメ」
「今そういうのいいから! もっと他に気にする所あるだろーっ?」
リリィはロゼと瓜二つのその顔に、ぴくりとも表情を作ることなくさらりと言ってのけ、ロゼはそんな双子の妹に全力でツッコミを入れた。
「……」
そんな兄のツッコミに、少女執事はその柔らかそうなほっぺに人差し指を当て、しばし思案して、ぽつりと続けた。
「……仲良き事は、……美しき
「
あまりにもあんまりな結論に、ロゼは再びじたばたを開始した。
「ああ、リリィは賢い子だねぇ。そんなリリィにこのサクラ、ご褒美をあげようじゃないか。この後のティータイムのケーキに、イチゴをひとつオマケしてあげよう」
「……(むふー)」
「お前はそれで良いのかよっ!? つかご主人、おれもそっちのご褒美でいい、そっちのご褒美がいい! こんなセクハラご褒美とか要らない!」
そんな風に、自分に向かって振り返り、きゅるんと潤んだ瞳で
「はははは、何を勘違いしているんだい。
「もうやだ、このド変態ご主人!!」
✿―――❀―――✿
色々大きい愉快なご主人、サクラと。
彼女に仕える少年メイド、ロゼ。そしてその双子の妹にして少女執事、リリィ。
この物語は、彼ら彼女らの笑顔溢れる愉快な毎日の一幕である。
「いや、ふっざけんな! おれは笑顔になれてねぇよ!」
彼ら彼女らの愉快な毎日には、笑顔しかないのである。
ないったら、ないのである。
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