過ぎた奉納
かたなかひろしげ
宗旨替え
「それで今度の取材はその寒村ってことか?」
俺はいつものように、来週の取材について同僚に確認を取っていた。
なんでもその村には、夏に踊りを奉納するという昔からの風習があったらしい。だが、近年になりいつの間にかその風習は変わり、今ではすっかりラジオ体操のようになってしまっている。それを取材して欲しい、という依頼だった。
「ら、ラジオ体操を取材しにS県まで行く? それはちょっと撮れ高的に厳しい気がしないか。そもそもラジオ体操って、昭和世代の子供達が夏にやっていたやつだよな?」
「それが実はただのラジオ体操ってわけでもなさそうでな。そこでまあ俺達に声がかかったわけだ」
同僚は、ちょっと奥歯にものが詰まったような物言いをした。こいつがこういう言い方をする時の取材は、簡単に済まないことが殆どだ。本人曰く、豊富なキャリアから、案件に漂うヤバそうな気配を読み取っているらしい。何を隠そう、過去俺も何度かその勘に助けられてはいるのだが───
「まあ確かにラジオ体操を奉納する、ってのも、確かに変な話だな」
「奉納する、っていうんだから、奉納先があるよな。土地神様だったり、その手の類のやつだ。それも気になっている」
俺達はしがない編プロではあるが、こういった地方の風習を取材するのも社長のライフワークの一貫として続けていた。今回の様な、テレビ局様がわざわざ取材しない、小さな話の取材依頼が舞い込むことがよくある。
但し、ポリシーとして、現地の人の風習がどれだけ奇異で物珍しいものであっても、それを
今回のラジオ体操も、現地の人が、どう見てもラジオ体操にしか見えないようなものを奉納しているのを冷笑する、という下衆な意図での取材であれば、断るのが通例だと考えていた。
───しかしながら、社長がこの件を受けた、ということはそういう目的の取材では無いのであろう。
日々のご飯を食べるための収入を得るには、多少嫌な件であっても仕事をこなさなければいけない。来週の焼肉は、今週の労働によってもたらされるのだ。代償を払って、皆生きている。
北関東、というよりおよそ東北と言った方が相応しい土地柄のその村に着くには、高速を降りてから数時間の山道を行く必要があった。
道程の初めこそ、日頃の無機質な町並みに慣れきった俺達には、久しぶりの自然だとその景色に沸き立っていた。だが、村に着く頃には数時間代わり映えがしないその景色に、
到着して程なく、アポを取っていた村長宅に訪問した。
恐らくは外部からの訪問者も殆どないのであろう。こちらが水を向けるまでもなく、そのラジオ体操もどきを始めることになった経緯を、自ら話してくれた。
「それでは、最初は今やっているラジオ体操?のような踊りではなかった、ということですね?」
「はいはい。そうですヨ。元々この村には、ずっと伝わっていた祭り、という程、
聞けば話は随分と昔、江戸時代の頃まで遡る話。その頃に始まった無病息災を神様に祈る風習が、時代の流れにより何度かその形を変え、今に伝わっていたものらしい。
実は俺達の方でもそこら辺の話の事前調査は既に済ませており、いわばこの話自体は調査の答え合わせといったところになる。無病息災を目的としている、というのはあくまで世間的な体裁上の話であり、その実は昔に発生した流行り病を鎮めるためではなかったか? というところまで、俺は事前の調べでアタリをつけていた。
実は相手が閉鎖的な雰囲気であれば、この話を聞くのはやめておこうかと思っていた。しかし村長の態度は実に柔らかく、俺はその態度に甘えさせてもらうことにした。
「少し答えづらい質問になるかと思いますが、その当時の祭りの目的をもう少し聞かせてください。無病息災というよりも、当時村で発生していた流行り病をなんとかしたい、という願いがあったのでは? という説が載っている資料を読みました。当時のことについて、村の方に何か伝わっていることはあるのでしょうか?」
「はいはい。そうらしいですヨ。親父に聞いた話やけど、昔そういうことがあったらしいで。当時、流行り病を止めなきゃなんね、となったそうで。仮の神社建てて、なにか踊りを捧げるようになったらしいのヨ。ためしたらえらく効いたらしくてな、病が終わってからも、そのまま無病息災の祭りとして続けてたらしいのヨ」
村長はこちらからの遠慮がちな問いに、いともあっさりと答えてくれた。どうやらタブーな話、というわけではないらしい。
「その神様、ってなんだったんですかね」
「それはわかんねっすヨ。でも流行り病がはじまったから神さんに貢げものしとったらしくてさ」
「成る程。流行り病がきっかけでその信仰がはじまった、と。それでは、その捧げていた踊りについてなのですが、どんな踊りだったのでしょう?」
「はいはい。昔の踊りは、村の子供達が神社で夜にお祈りのように頭下げるだけだったらしいですヨ。私も話だけでみたことがないでね」
苦しい時の神頼み、というやつだろうか。ただ、実際に効果があったというのは少々眉唾物ではあるが、興味深い。
「それでは、今やられている踊りについても伺いたいのですが」
「はいはい。それは、うーん、ワシの母さんが学校を卒業した年の話だと聞いたから、100年ぐらい前かね。村に旅の偉い坊さんが泊まったらしくてな」
───聞けば、その時に泊めた高僧が、当時も続けていた夏の踊りを止めさせて、今の形にしたらしい。何故、言い方は悪いがたまたま村を訪れただけの高僧が、村の祭りについて物申して、踊りを変えさせるに至ったのかはわからない。村長がご両親から伝え聞いている話曰く、「貢物はもうじき尽きるのであろう。この踊りに変えればよかろう」などということを言われたらしい。
そもそも踊りが貢物という話ではなかったのだろうか。しかも、それも不要、というのはどうにも矛盾した話だ。
村長にもその点を指摘してみたところ、確かにそれはそうだ、だが何か他のものを奉納していた、なんて話は聞いていないらしい。村長はもう80歳を超えており、語る内容に思い込みが含まれていても全然おかしくはない。そこをこれ以上指摘しても意味はないので、ひとまずそこについては、棚上げすることにした。
そのまま村長の家に素泊まりさせてもらった俺達は、翌朝に問題の「ラジオ体操」を見せてもらうことができた。
しかしながらその体操の振り付けは、本来のラジオ体操のそれとは程遠かった。
村の広場に集まったお年寄り達は、腰や頭を振る動作の多い、体操という括りで語るより、いっそ「踊り」と言った方が良いような動きを繰り返していたのだ。
両手を挙げる運動には頭を上下に振る動作が大きく加わっていて、成る程、これはラジオ体操の振り付けをされた、いわば「祈り」にも見えなくはない。
動き自体はありがちな動きであり、ふと、俺の脳裏に既視感のようなものが浮かんだが、どうにも明確には思い出せない。そんな体捌きであった。
撮影の片付けをしていると、村長の息子さん、とはいえもう恐らくは還暦近くであろうか、人当たりの柔らかい男に、俺は話しかけられた。
「今夜は泊まっていくかい?」
「いえ、このまま少し村の写真だけ撮らせて頂いたら、車で帰ります」
「そうかいそうかい。見ての通り、ウチの村も親父の代の頃からすっかり人が減って、子供がいなくなってしまってね。俺の代が一番下で、この村も難しい感じですよ。いつまで踊りも続けられるかわからんけど、またなにかあったら来てください」
「はい。ありがとうございます。それで、その当時の事をご存知でしたら、お聞きしたいのですが、当時に流行った流行り病について、どんな病であったかはわかりますか?」
息子さんが声を掛けてくれたのを好機に、俺は気にかかる質問を幾つか投げかけてみることにした。高齢の村長に無理に思い出してもらうよりは、いくらかは内容のある答えが貰えそうな気がしたからだ。
問題の「流行り病」についてだが、微熱が出て顔が赤くなり、子どもの成長が止まる、というものだったらしい。100年前に高僧が来た当時、もう村からは子供も減り始めていた為、踊りを奉納する意味も既に薄く。いつ止めてもよかったのだが、数少ない村の行事として根付いてしまっており、敢えて止めることもしなかったらしい。
───村がどんな神に何を「奉納」していたのか、今となっては不明だ。
後年に村を訪れた高僧の言葉通りであるならば、奉納していたのは踊りや祈りなどではないに違いない。
そして、高僧が伝えたのも決してラジオ体操などではなかった。そもそもラジオ体操は100年前にはまだ存在してはいない。近年になって村の踊りを見た誰かが、腕を大きく振るのを、ラジオ体操だと勝手に連想したのであろう。
大した収穫も無く、撮れ高的には体裁を整えたが、クライアント的にはあまり期待に添えない取材結果になってしまったに違いない。
俺達は地元に帰る前に、100年前に踊りが変更された際に使われなくなった、という廃神社を訪れることにした。
山間の深い竹林奥に、まるで隠すように建てられたその神社は、既に管理されていないこともあり、既に相当に傷みが進んでいた。当時から鳥居や狛犬も無かったらしく、一見してここが神社であったことを知るのは難しいだろう。
本殿の瓦を確認したところ、社紋は鶏の意匠が施されており、鶏の神様を祀っていた神社なのかもしれない。しかしながら御本殿の扉は何者かによって既に開かれており、中はもぬけの殻であった。小さな御本殿の他には、それよりもむしろ大きな神楽殿とおぼしき建物の跡があるばかりで、何の神様が祀られていたのかを知る手がかりは、ついぞ見つけることが出来なかった。
ふと、この神楽殿で、村長の父が子供の頃、踊りを奉納していたらしい。という言葉を俺は思い出していた。無邪気に踊る子供達の姿が思い浮かぶ。
もし、一般的な神社からは、かなり
もうそこに並べられている残りは……
これはもしや、村からは子供が減っていった、という話も必然ではなかったのではないか? などという嫌な想像が頭を
───これ以上の取材は控えておいた方が良いのだろう。
俺達はそっと、人気の無い廃神社を後にした。
クライアントへの報告は「ラジオ体操に似た踊りが、歴史ある行事として、綿々と受け継がれている村であった」と仕上げるとしよう。
同僚と焼肉でも食べに行き忘れるとしよう。過ぎた推測は誰も幸福にはしない。
過ぎた奉納 かたなかひろしげ @yabuisya
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