四十六睡目 勉強と睡眠と

 午前中の光はまだ夏の勢いを残していた。

 窓から差し込む日差しは、白くて強く、少し肌を刺すように感じる。

 真白は昨日買った水着の袋を机の隅に置き、ノートと教科書を広げた。

 今日は鳴古と勉強会。二人きりで机を並べる――それだけで、少し胸が高鳴る。


 チャイムの音のように、スマホが震えた。鳴古からだ。


 〈もう着いた〉

 〈……早いね〉

 〈寝坊しなかっただけ〉

 〈えらいえらい〉

 〈……褒めて〉

 〈今、褒めたよ〉

 〈……もっと〉

 〈えらい、すごい、天才〉

 〈……うん〉


 真白はまた笑ってしまった。

 鳴古の短い言葉の合間には、いつも余白があって、読むたびに想像力をくすぐる。

 その余白には、昨日の海の光や、夏の匂い、鳴古の柔らかな声がまざっているようだった。


 駅近くの小さなカフェに入ると、二人きりの空間が広がった。

 夏の光は窓越しに柔らかく差し込み、机の上に細かい光の粒を落とす。

 鳴古は淡いグレーのシャツに、ゆるく結ばれた金髪。昨日の海の名残か、少し髪の先がまだ湿っているようにも見えた。

 空気は温かく、でも室内は冷房が効いていて、微かに紙や木の香りも混じる。


 「……暑いね」

 「うん。でも、ここならまだまし」


 鳴古がコーヒーを小さく傾けて一口。少し眠そうな瞳が、でも真白をちらりと見る。

 その視線だけで、胸がじんわり温かくなる。

 窓の外の街路樹の葉が、そよ風に揺れるのを二人は同時に見つめた。


 「じゃ、始める?」

 「うん」


 真白はノートを開き、問題を声に出して読む。

 鳴古は淡々とペンを走らせるが、時折表情が柔らかくなる。

 宿題は量より質重視の鳴古。やる気になった時に一気に仕上げるタイプで、真白の計画的なコツコツ勉強とは正反対だった。


 「……これ、分かる?」

 「うん。こうやるんだよ」

 「……なるほど」


 息が合うわけでもないのに、自然と手元が重なる瞬間が何度かあった。

 消しゴムを借りるだけで、指先が触れそうになる。そのわずかな距離が、二人にだけ通じる秘密のようで、胸がくすぐったい。


 「……真白、結構早いね」

 「計画的だからね」

 「……羨ましい」

 「鳴古は一気にやるタイプでしょ?」

 「……そう。でも、真白みたいに毎日少しずつの方が、楽かも」

 「ふふ、意外と素直」

 「……バカにしてない」


 午後の光が徐々に傾き、カフェの中は静かで穏やかになっていく。

 窓の外では、夏の名残の蝉がひそやかに鳴いていた。

 通りを行き交う人々の足音も少なく、街の雑音は淡く遠のく。

 その静けさの中で、二人の鉛筆の音、ページをめくる音、そして息遣いだけが、ゆっくりと時を刻む。


 勉強の合間に、二人は昨日の海の話をする。

 波の音、白い砂、太陽に焼けた肌の感触。

 笑った鳴古の顔を思い出して、真白はつい微笑んでしまう。

 鳴古もちらりと横目で笑い、言葉少なに、でも確かに温かく見つめる。


 「……終わった?」

 「うん。半分は片付いたかな」

 「……すごい」

 「えへへ、鳴古は?」

 「……やる気出したから、一気に」

 「さすがだね」


 窓の外の光が、二人の髪を金色に染める。

 空気はまだ夏だけど、どこか秋の足音が混じっているようだった。

 日陰の草木が、微かに色を変え始めているのを二人は見つけた。

 その気配に、真白はひりつく腕をそっと撫で、次の計画を考えた。


 ――海の次は何をしようか。

 そんなささやかな予感が、二人の間で静かに芽吹いている。

 胸の奥で小さく跳ねる期待と、昨日の夏の余韻。

 ふとした瞬間、目が合うたびに、心臓のリズムがほんの少し早まるのを感じた。


 カフェの片隅で、二人のノートの間に落ちた光の粒が、まるで小さな海の波のように揺れた。

 夏の終わりの光と、少しだけ秋の気配を帯びた風が、二人だけの時間を柔らかく包み込んでいた。

  午後の光が徐々に傾き、カフェの中は静かで穏やかになっていく。

 窓の外では、夏の名残の蝉がひそやかに鳴いていた。

 通りを行き交う人々の足音も少なく、街の雑音は淡く遠のく。

 その静けさの中で、二人の鉛筆の音、ページをめくる音、そして息遣いだけが、ゆっくりと時を刻む。


 勉強の合間に、二人は昨日の海の話をする。

 波の音、白い砂、太陽に焼けた肌の感触。

 笑った鳴古の顔を思い出して、真白はつい微笑んでしまう。

 鳴古もちらりと横目で笑い、言葉少なに、でも確かに温かく見つめる。


 「……終わった?」

 「うん。半分は片付いたかな」

 「……すごい」

 「えへへ、鳴古は?」

 「……やる気出したから、一気に」

 「さすがだね」


 窓の外の光が、二人の髪を金色に染める。

 空気はまだ夏だけど、どこか秋の足音が混じっているようだった。

 日陰の草木が、微かに色を変え始めているのを二人は見つけた。

 その気配に、真白はひりつく腕をそっと撫で、次の計画を考えた。


 ――海の次は何をしようか。

 そんなささやかな予感が、二人の間で静かに芽吹いている。

 胸の奥で小さく跳ねる期待と、昨日の夏の余韻。

 ふとした瞬間、目が合うたびに、心臓のリズムがほんの少し早まるのを感じた。


 カフェの片隅で、二人のノートの間に落ちた光の粒が、まるで小さな海の波のように揺れた。

 夏の終わりの光と、少しだけ秋の気配を帯びた風が、二人だけの時間を柔らかく包み込んでいた。


 ――そろそろ帰ろうか。

 鳴古がぽつりと言った。

 真白はノートを閉じ、ペンをそっと置く。

 店を出ると、午後の日差しはやや柔らかく、コンクリートの照り返しも優しくなっていた。

 街路樹の葉が揺れ、ほんの少しだけ秋の香りが混じっている。


 「ねえ、寄り道していい?」鳴古が言う。

 「どこ?」

 「駅までの途中に、小さな公園があるんだ。ちょっと座りたい」

 真白は頷き、二人は並んで歩き出す。

 歩幅を合わせるたびに、昨日の海の砂浜を思い出す。

 足裏に伝わるコンクリートの温度が、少し冷たく感じる。


 公園のベンチに腰を下ろすと、木漏れ日が二人の髪に斑模様を作った。

 鳴古は少し目を細め、真白を見つめる。

 その瞳は、昨日の海の水面を反射する光のように柔らかく、揺れていた。


 「……静かだね」

 「うん。海とは違うけど、落ち着く」

 鳴古はしばらく沈黙したあと、ぽつりと呟く。

 「夏が終わるの、少し寂しい」

 真白も頷き、手を膝の上で重ねる。

 「でも、こうして二人でいる時間は、まだ続くよ」


 二人の間に漂う空気は、昼の熱をまだ引きずっているけれど、少しずつ秋の涼しさに変わっていく。

 鳴古が小さく伸びをして、肩越しに真白を見た。

 「……ねえ、また、海行こう」

 「うん、絶対」

 真白の声が少し弾んだ。

 その言葉に鳴古は満足そうにうなずき、二人の手が自然と触れ合う。


 しばらく公園で風を感じ、アイスクリームの話や、学校での小さな出来事を笑いながら交わす。

 小鳥の声、遠くで走る子供たちの声、舗道に落ちる葉の影――

 すべてが二人の時間を静かに彩っていた。


 やがて駅のホームに着く頃、日差しは完全に傾き、街灯がひとつずつ灯り始めていた。

 電車が来るまで、二人はベンチに座り、手をつないだまま風を感じる。

 「ねえ、今日も楽しかった」鳴古が小さな声で言う。

 「うん、勉強も、話も、全部」

 真白が微笑むと、鳴古もほんのり頬を赤らめた。


 電車のライトが遠くに見え、車両が近づく。

 窓越しに、沈みかけた夏の光が淡く揺れる。

 二人は顔を見合わせ、小さく笑った。

 胸の奥に残る昨日の海、そして今日の温もり――

 それは、確かに「続き」の夏だった。


 車両のドアが開き、二人は並んで乗り込む。

 揺れる電車の中、手をつなぐ感触は昨日の海辺よりも穏やかで、でも確かに心を満たす。

 窓の外では、日が沈んだ後の街の灯りが揺れ、まるで小さな星が並んでいるようだった。


 ――夏は終わったけど、二人の時間はまだ終わらない。

 そんな思いを胸に、真白は小さく息を吐き、鳴古の手を握り返した。

 次に来る季節も、きっと一緒に感じられる――そう信じられるような、静かな午後だった。

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