既読の向こう側

@kabo5423

第1話 既読の向こう側

「おはよう。」


ただ、その一言だけを送った。


送信ボタンを押した直後から、胸の奥がざわつく。既読になるのか、無視されるのか。期待と不安が入り混じった時間が、やけに長く感じられる。


――通知音。画面に浮かぶ「既読」の二文字。


しかし、その先はなかった。返事は来ない。


彼女とは、初めから結婚や未来を約束した関係ではなかった。お互いに都合のいい時に会えれば、それで十分だと思っていたはずだ。けれど、気づけば彼女の言葉や笑顔を思い出して、心を奪われてしまっていた。


彼女からの返信がない日々が続くと、まるで自分の存在ごと否定されているように思えてしまう。それでも、送ってしまう。「元気?」「会いたい」……。返事を求めているわけじゃない。ただ繋がっていたい。そう言い聞かせながら。


だが、本当はわかっている。返事がないのは、もう答えが出ているということだと。


それでも――指はまた、スマホの画面に触れてしまうのだった。


最初に彼女と出会ったのは、子ども同士の行事だった。

 互いに親として同じ場にいる。ただそれだけのきっかけに過ぎなかったのに、自然と視線が交わり、気づけば言葉を交わすようになっていた。


 彼女はよく笑った。どこか影を抱えながらも、明るく振る舞うその姿に、私は惹かれていった。

 「今度、時間が合えば話そうか」

 そんな軽い一言から、ふたりで会う約束が生まれた。


 最初の夜、彼女は「お互いに結婚や恋愛を望んでいるわけじゃない」と、はっきりと言った。

 私はうなずいた。関係に名前をつけることなく、ただ一緒にいる時間が欲しかった。

 その夜から、私たちは境界線を曖昧にしたまま関係を深めていった。


 彼女と過ごす時間は、心の渇きを潤すようだった。

 しかし同時に、彼女の過去や元旦那の存在が、私の心を少しずつ蝕んでいった。


彼女と過ごす夜は、たしかに幸福だった。

 日常の喧噪から離れ、互いの体温を感じる。

 会えば笑顔になれた。別れ際には、また会いたいと思った。


 けれども、次第に私は気づいていった。

 彼女の心の奥底には、私が踏み込めない場所があることに。


 ある夜、私は思い切って尋ねた。

 「元旦那さんとは、もう会っていないの?」


 彼女は少しの沈黙のあと、笑ってごまかした。

 答えはなかった。けれど、その沈黙がすべてを物語っているように思えた。

 彼女にとって私は、孤独を埋めるための相手にすぎないのかもしれない――そんな疑念が胸に広がる。


 それでも、彼女を求める気持ちは止められなかった。

 「都合のいい相手でもいい」

 自分にそう言い聞かせ、繋がりを保とうとした。


 だが、心のどこかでわかっていた。

 それは、長く続くものではないのだと。

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