シャーロック・ホームズの異界録 I:時計仕掛けの探偵
S.HAYA
第1章 未来の死体
その死体は、私によく似ていた。
いや――正確に言うなら、それは“老いた私自身”だった。
私は冷たい床に横たわる死体を前に、わずかに眉をひそめた。
皮膚には深く刻まれた皺、薄くなった髪。だが、目のくぼみ、鼻梁の線、頬の骨格――どれもが私、シャーロック・ホームズそのものだった。
場所はイースト・ロンドン、閉鎖された倉庫街。
通報を受けて駆けつけたワトソンと私が見たのは、内側から錠がかけられた密室、そしてそこに横たわる“未来の私の遺体”だった。
「これは……」
ワトソンが口元を押さえる。
「老いすぎている……あなたはまだ、四十を少し越えたばかりのはずだ」
私は黙って、遺体の衣服を調べた。
その内ポケットから出てきたのは、見たことのない型の新聞紙。それはまるで、未来の印刷技術によって作られたように、インクが滲まず奇妙な光沢を帯びていた。
日付は――“2025年4月1日”。
「ジョークのようだな」と私はつぶやいた。「しかし、どうやらこれは本物らしい」
次に見つかったのは、古びた銀時計。蓋には“SH”の文字が彫られていた。間違いなく、私の私物だった。
そして時計の裏には、もう一つ、不可解な物体が詰め込まれていた。まるで時計の中に歯車が逆転しているような、異様な小型装置――見たこともない“機構の心臓”だった。
「ホームズ、これは……一体……?」
「答えを求めるには、まず“時間”の謎を解かなければならん」
私の脳裏には、かつて会った奇妙な科学者の名が浮かんでいた。
――マクシミリアン・レイ。
物理と幻想の狭間を彷徨い、“時間の折りたたみ”を研究していた狂気の天才。
彼が、何かを知っている。
私は再び死体を見つめた。まるで、死んだ自分自身がこう言っているようだった。
「私の死を止めろ」――と。
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